吉村昭『メロンと鳩』1978,短編集、底を常に流れる死の冷たい旋律

 ダウンロード (22).jpg
 元来は単行本で出ている『メロンと鳩』、現在は講談社文庫
だと思う、文春文庫でも出ていたように思う。Kindleでも現在
は講談社文庫で購入できるが、収録作品がどう変わっているの
かしらないが、単行本は「鳳仙花」、「苺」、「鳥の春」,「凧」
などを収録している。どの作品も素材も傾向も同一ではない。だ
が共通しているのは、これは吉村文学の作品の底に流れているも
のだがろうが、いわば「死」の旋律だ。その旋律はときに低く響
き、ときに高く響き、テーマともなったり、サブテーマともなっ
て常に鳴り響くようだ。

 表題作は「メロンと鳩」、これは処刑を目前にした一人の死刑
囚と篤志家の面接委員との交流を描いたものだ。その面接委員の
「かれ」は戦前からシングの製造会社を経営していた。事業は順
調に成長を重ね、その三年前に実質的に経営を長男に譲ってほぼ
リタイアしていた。

 拘置所の篤志面接員を「かれ」は引き受けたが実際に死刑囚と
接するのようになったのは2年半前からで、その死刑囚が「富夫」
であった。そこで富夫ののぞみに応じてメロンと鳩を持っていっ
た。富夫は鳩を飼うようになって、人間性がやや穏やかになった
ようでたた。

 いよいよ死刑執行の日、「かれ」はまた富夫にメロンを買って
持っていった。富夫は「執行後に供えてください。天国にまで
大事に持っていきたいですから」と云った。彼が拘置所に到着し
たとき、すでの死刑執行は終わっていた。所長は「おとなしく
行ってくれましたよ」と云ったが、なんと鳩の首を絞めて殺して
いたという。

 この最後の死刑執行前にかわいがっていた鳩を絞め殺す、とい
う所業のグロテスクさが読者にいやでも強い印象を与える。やは
り「死」がついて回る。・・・・・この作品では、強制的に死と
向かい合う死刑囚の姿が冷たい的確な筆致で描かれている。社会
でごく普通の市民としての生活おくる「かれ」の目を通して事実
だけを淡々と描く手法は例によって冷たい筆致である。その結果
、死刑囚の内面をより鮮やかに、といっていいいのか、鮮明に描
くことに成功していると思える。「鳩を絞め殺した」と「かれ」
に所長が告げるその言葉は戦慄である。相変わらず、吉村作品は
死の影が冷たく読者の背筋を流れていく趣だ。

この記事へのコメント