榛葉英治『赤い雪』1958,敗戦前後の長春を描く、直木賞受賞作

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 作者は榛葉英治、しんばえいじ、1912年~1999年、静岡県
生まれ、早稲田の英文科卒、満州国外交部に勤務、戦後引き揚
げてGHQの通訳などを行い、その後『渦』、「蔵王』などで認
められて、昭和33年、1958年、第39回の直木賞を『赤い雪』で
受けた。現在も刊行されている作品である。

 『赤い雪』は作者の満州での体験を作品化したものだ。満州
国の下っ端役人で作家志望の青地耕三は現地召集され、敗戦と
同時にソ連軍に捕らえられたが、長春郊外の自宅まで逃げ帰っ
た。逃亡者としての不安が絶えずつきまとったが、娘を売って
自殺した女性に同情し、その娘の救い出しに異常な情熱を見せ
るような男だった。

 あるとき、ソ連兵の目を逃れようとして、酒場のマダムの千
鶴子に助けられたのが縁となって、その酒場にしょっちゅう顔
を出すようになった。耕三は女子大卒で育ちの良い、教養もあ
る若い千鶴子に惹かれたが、しかし写真見合いで結婚した貞淑
な妻のことも考え、努めて自分を抑制した。

 ソ連軍も撤退し、長春郊外では国府軍と中共軍との衝突が始ま
った日、逢い引きの最中にその戦乱に巻き込まれた二人は、一軒
の空き家に逃げ込み、砲弾、銃撃の飛び交う中、初めて関係をも
った。その後、千鶴子は踊り子になったが、耕三はそのアパート
に泊まり込み、生まれて最初の恋愛の悦びと苦しみを味わった。
妻は騙し通せた。やがて日本人の引き揚げが始まった、妊娠中の
妻と帰国の途についた耕三は、千鶴子の面影を思い浮かべていた。

 あらすじの概略はこんなものだろうが、多くの付属的要素があ
る。千鶴子のバーに来るさまざまな客たち。日本人もいれば中国
人、満州人もいる。日本人の中にも共産主義者、闇屋、ソ連の手
先となって同胞を売り渡すやから、いろんな人間が出てくる。耕
三都恋の鞘当てをする男もいる、他方で進んで日本診療所の医師
を引き受け、チフスに感染して死んでいくヒューマニズムにあふれ
た日本人医師、召集中に耕三に睨みを効かせていた元軍曹、今は
日本人女性の売買のブローカーをやっている男のこおtなども。
ソ連軍に同朋を売り渡していたスパイがかっては役所で耕三の部下
だったということ、だが暗殺され、死んでいく。国府軍の手先とな
っていて中共軍に銃殺される話とか、長春が国府軍に奪回されると
いう話。要するに、敗戦の前後の長春の世相が描かれているのだ。

 要するに、あれもあってこれあもある、という感じで作者の意図
がどうも不明というイメージだ。貞淑な古風な妻と魅力ある若い
千鶴子の間を行来も、要は浮気話でしかない。砲弾雨嵐の中での、
逢い引き、結ばれるというのもあまりに通俗的だろう。また妻と千
鶴子の繋がり具合が全くわからない。結局、あれもこれも書いてお
きたい、という執筆動機は分かるが、文学作品としてのモチーフが
、どうにも見い出せない、のである。

 混乱の長春の人間模様は分かる、よく描かれているが、どうにも
全体としてまとまりのない作品に思えてならない。

 

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