ロジェ・グルニエ『水の鏡』細部まで行き届く技巧、テーマは逆に不明確
あらすじはこうだろう、イレーヌとジュディットは同じ
化粧品メーカーの実験室に勤める技師だった。この二人の若
い女性はヴァカンスを一緒の過ごすことにした。イレーヌは
軽度の鬱病になったために、気晴らしが必要と勧められたの
である。またジュディットは妻のいる男との三年越しの関
係に疲れたためである。彼女らは、まずはスペインらしい「
ファシズムの国」への団体旅行に加わる。その国の領土の島
々を中型の客船で巡るという、往復で二週間の旅となる。
スペインで久しぶりのストライキが始まっているため、警
戒が厳重な港からその客船は出発した。船客たちは二つのグ
ループに別れていた。一つは彼女らを含むフランス人たちの
グループ、もう一つはラテン、スペイン系のグループ、彼ら
は自分たちはホセという名の男たちとその妻たちである、と
自己紹介した。ジュディットはそのホセの一人の、なにやら
キ印のアルゼンチンの男と恋仲になった。イレーヌはこれも
彼らの一人の美男俳優と親しくなった。やがて大きな港のあ
る島で、俳優が友人を訪問するのにイレーヌは同行した。友
人は彼らを残し、出ていった。
二週間後、元の港に戻ったとき、船はまるで死の街に接岸
したかのようだった。情勢が厳しくなって、外出禁止令が出
ているのだ。ジュディットは明日は空港で落ち合うといって
、アルゼンチンの男と出ていった。俳優はストのことに夢中
で、イレーヌには今夜、自分の家で会おうと云うだけであっ
た。実はホセ・グループは反政府の政治組織の偽装だった。
で、物語はここから急展開する。何やら妙な気配をもった
ようなこの観光趣味と思しき小説は、男の政治的関心と、女
の恋愛の対立、あるいはすれ違いを提示する。ジュディット
はアルゼンチンの男と心中する。彼女の埋葬のために残った
イレーヌは自分が俳優の革命運動に挺身する生活のじゃまに
なることに耐えられず、炭鉱町へのメッセンジャーとなると
申し出る。
さりとて、こんな具合に筋を辿っても、この中編小説「
船旅」のニュアンスを伝えることにはならないかもしれない。
この小説は、精神を病んでいる女の神経を通して、女の求める
得られない愛と、男の求める、これも実は得られない革命との
二重の喪失がテーマとなっているようだ。そこまでは何となく
想像はできるが、その先は謎めく。描写と叙述は明確で、小さ
なアイテム、細部まで明晰そうだ。細部は明晰だが、逆にそれ
で全体が曖昧模糊となったような感じを受ける。非常に細部ま
で工芸品的な巧みさに満ちている。
この物語のモチーフ、それはなんだろう、ただ細部の巧みさ
に染まれば良いのか、曖昧模糊である。
作者 ロジェ・グルニエ
Roger Grenier、1919年9月19日 - 2017年11月8日

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