『驟雨』吉行淳之介短編集、1954,吉行さんの初期の名作短編集、『驟雨』、『薔薇販売人』、『谷間』、『蜃気楼』など収録

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 吉行淳之介さんは短編での名作が多い、その初期の短編集
で昭和29年、1954年、新潮社から刊行された単行本である、
私は自筆の献呈署名の超高価な古書を買ってしまって後悔し
ているのだが。

 吉行淳之介さんは人間の心理の綾を描くのが上手い、上手
いと簡単に云っていいのかとも思うが、・・・・・人の心理
には時々、微妙な心理の影が落ちるものだ。気づかなければ
そのまま過ぎ去ってしまうような、生きるために多忙な人間
はそれを、心理の小さな翳りなど振り向かないだろう。だが、
小説家とは特異な観察者だ、その心理の翳を立ち止まってじ
っとその奥まで見たらどうなるだろうか、・・・・。あたかも
そその回答を示しているかのような短編集だろうか。

 表題作は芥川賞受賞作『驟雨』、短編としてのまとまりは
収録短編の中で一番だろう、でも受賞作で格段にいいかと云
えば、心理のつまずきのなせる翳が何だかどれも凡庸になって
いるとも思える。それは一人の女を職業的な売春婦と見るのか、
それとも愛人と見るのか、男の心の中で単にその時々で変わっ
ていく視点の推移を描いたに過ぎないからである。これも心理
の微妙な翳といえなくはないが、作品化するほどの異常な翳が
とうてい見いだせないのである。吉行さんは名文家と思うが、
受賞作『驟雨』はたしかに名文だが、肝心の内容にコクがない、
というのか微妙なアヤが乏しくもある。「死というものは全く
予感のないときに、生きてゆきたい人間の意志を無視して、
にわかにわれわれに落ちかかってくる」これを名文としても、
生活の内容、生き方に深みがないと、というのかもっと心理の
翳だけではなく切り込む迫真性!が欲しいようにおもえるのだが。

 『薔薇販売人』は通りすがりの窓の隙間からのぞいた部屋の
内部には、家具一つない、女の横顔とドテラを着た男の顔が見
える。しかし強い印象を受けたのは、ねずみ色の壁に架けられ
た濃厚な赤い羽織であった。それが「なにか悪徳めいた匂いを
漂わせた」、これがスタートになっている。

 『谷間』は「テーブルの上の写真を眺めると、三十歳くらい
の女人が大きな花束を抱えて笑っている姿があった」その写真
の女に「私はふと白痴的な匂いを嗅いだ」というところから、
展開する。『蜃気楼』は、男は自分の前に座っている女がM子
だと思って挨拶する。しかし女は自分はM子ではなく、別の女
なのだが、外科手術で自分とは別の女にしてもらった。それが
男の知っているM子に似てしまった、・・・・のなら悲しいと
M子が泣く、・・・・・どれもちょっとした心理の翳り、つま
づきから展開する、そこから人間心理の深遠に踏み込まず、挿
話が単に挿話で終わっているようで、ただ最初、心理の翳りが
あった、というだけの洒落た小話に毛の生えた程度で終わって
いるようで、・・・・・うーん、ちょっと、という思いがする。

 

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