北朝鮮の在日帰還者の皆殺し計画。総連の反韓徳銖(ハンドクス)派一掃だけでは説明がつかない


 1959年に始まった北朝鮮への在日、ぞの家族らの帰還事業
合わせて9万3000人そのうち、日本人妻は1831人という統計
がある。日本国内での激しい朝鮮人差別、生活の困窮、また
韓国からの密入国発覚を恐れる在日など、それが「金日成」
のチュチェ思想、社会主義建設に結果として騙されてしまい、
北朝鮮に渡れば生活は保証され、差別からも解放される、ま
だ高度成長前で貧しい日本でもあった、最初の三年に熱狂的
に多数の在日が北朝鮮に渡った。在日の98%は韓国の出身だ
から故郷に戻るわけではないが、韓国はまだ混乱、さらに貧
しくもあった、李承晩ラインで日本との刺々しい対立もあり、
さらに国交正常化はなされていなかった。

 かくて「地上楽園」社会主義、チュチェ思想の理想郷と思い
きや、貧しさは格別で論外の生活水準。一部の高額寄付を行っ
た総連幹部、当初は比較的恵まれた生活が送ることが出来た、
大学進学でそれなりの要職についたものもいた、だが結果、そ
の大半が強制収容所送りされ、惨殺された。まず93000人の中
で半数近くは収容所送りとなった。その収容所内の様相は多く
の本が出ている。まさに地獄絵図である。貧困以前の餓鬼界で
あり、暴力と殺戮が荒れ狂う。中学生になったくらいの子供で
も日本のスパイとして収容所送り、総連幹部でも莫大な寄付を
行った元京都総連支部商工部長家族、金日成銅像建設にも億に
迫る寄付、当初は帰還者では最高峰の生活、日本から持ち込ん
だボルボでの通勤、と殿上人の風情だったが、突然、要職に
ついていた祖父は濡れ衣で銃殺、家族は収容所で地獄の生活、
すでに元総連幹部の収容所送りが頻繁となっていた。

 これを総連内反韓徳銖派の一掃、北朝鮮は反韓徳銖の流刑場
だった、とみなす考えだけでは到底説明がつかない。反韓徳銖
でも北朝鮮に渡ったのだからもう総連には関係はないし、別に
反韓徳銖でもない元総連幹部も続々収容所に送られ、惨殺され
ているのだ。その酷さ、広範さは反韓徳銖で説明できるもので
はない。庶民、総連にそそのかされ、地上楽園を信じて北に渡
った在日の庶民、それがほぼ圧倒的なのだが、片っ端から収容
所送りとなって死に至っている。

 およそ説明がつかない。

 日本も差別は激しく、未だに在特会、またDHC元会長など、
安倍政権の基盤支持層も嫌韓差別のネトウヨ層だった。だが
その日本を上回る差別国家が北朝鮮であり、実は徹底した階層
社会である。最底辺が在日、帰還民である。道を歩けば「在日、
帰還野郎」と子供からも嘲りを受ける。端的に言えば賤民扱い
である。

 金日成の在日受け入れの当初の思惑は帰還在日の皆殺しであ
あったとは思いにくいが、すぐに帰還した元在日の「皆殺し」に
容易に政策が転じた。つまり資本主義社会の自由を知っている在
日帰還者が金日成神格化、独裁の北朝鮮社会の変動要因になる
という、猜疑にみちた不安に襲われたのである。

 金日成が一介の小隊長ていどから最高権力に登りつけた経緯か
たその権力、権威喪失を何よりも怖れる精神が凝固し、片っ端
から実績ある同志を粛清、それが社会全体に及び、片言隻句の
言葉に疑いをかけて庶民を片っ端から収容所送り、・・・・・
ここから帰還した在日へ猜疑心がワクと同時に自らの権力盤石
化に帰還者を利用できる、という考えにすぐ変わっていったの
は紛れもない事実だ。北朝鮮では最底辺とされる帰還者、それは
資本主義に染まったスパイである、北の国民の差別感情を自らの
権勢の強化に利用できる、また在日への猜疑心は拭えない、そこ
から必然的に生まれた政策が帰還者皆殺し計画、その手段と場の
収容所である。

 それにしても、最高権力者を限りなく神格化し、完全世襲の
「共和国」など他に聞いたこともない。

 悲惨である、かなり遅く帰還の俳優、声優だった永山一夫、そ
の子供も帰還直後のインタビュー以来、消息はまったくない。
日本の軍国映画にも出演経歴あある永山が早い段階で収容所に(送
られて惨殺されたことは疑いない。

 1971年10月22日、永山一夫らを乗せての帰還船

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この記事へのコメント

2023年06月10日 14:10
はじめまして。
初めて投稿させて頂きます。
貴殿の知性と教養ある文章にいつも感心しております。

私事で恐縮ですが、小生、拉致被害者並びに御家族の皆様の支援活動をさせて頂き、こうした問題についても思索致しますが、まさに貴殿の分析は
帰還事業の本質だったかと共感致します。

映画ファンとして、永山一夫さんの事を思い出す度に心が痛みますが、当時の在日社会の方々の間では水面下の情報で帰還者の方々が減少していた昭和46年だからこそ、恐らく甘言で「広告塔」のように、利用され、帰還の誤った道を選択させられてしまったかと推測しております・・。

帰還直前の永山さんが、「週刊朝日」で、様々な苦難の半生についても告白されており、我々日本社会も反省すべき部分を感じますが、それだけに、令和の現在、氾濫する「愛国心を履き違えた」心ない差別的な言辞には小生も絶対に反対したいですね。

そして、過去のエントリーで、亡きお父上がお話されていた山口組の山本健一若頭に関するエピソードは大変興味深く貴重な証言ですね。

個人的に亡きお父上がお話されていた事実が山本氏の本質を見事に指摘されていると感じております。

では、これからも良き更新を続けられて下さいませ。