萩原葉子『父・萩原朔太郎』(中公文庫など) 娘が描く家庭における朔太郎の実像

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 萩原朔太郎が普通の人だったとは確かに思いにくい。それを
伝えてくれるのは娘の萩原葉子さんの著書しかない。

 えらく、縁起を担ぐ、若い時に妻に背かれ、息子を溺愛する
気難しい老母の世話を受けて暮らしている健康状態の悪化した
五十男が娘を相手にいつまでも晩酌を続ける。そこで蒲原有明
の詩を朗読し、「いいだろう」と云う。めし粒を辺りにこぼし
ながら、お茶漬けをかきこむと、今度は娘のマンドリンに合わ
せて、夜のふけるのも忘れ、ギターを弾いている。

 その男は全くの不器用で、釘一本満足に打てないくせに、手
品に凝って、いつも指に赤い玉をいっぱい挟み、手だけを無意
識に動かしている。死んでから、鍵のかかっていた父の引き出
しを開けてみると、どの引き出しにも手品道具がいっぱいあっ
た。

 父は正直で気が弱い、イヤな人間が訪ねてきても居留守は使
わない。ときどき、家を飛び出て泥酔して帰ってくるが、老母
に作ってもらっていたオニギリをうまそうに食べている。

 父は非常な迷信家で手相を気にし、催眠術にも興味を持って
いる。風呂が嫌いで下着も滅多に変えない。親しい友人が訪ねて
うると、来客ぎらいの母親に気兼ねしながら、心から悦び、歓待
した。

 ・・・・・これは1942年、昭和17年、戦時下に54歳で亡くなっ
た萩原朔太郎である、無論、著者の萩原葉子さんの父親の晩年の
姿である。本書は13の小品からなる思い出話集である。朔太郎の
ファンは多いのだが、その実態を知れば痛ましく感じるだろう。

 その一篇「幼いころの日々」は、父に背いた悪い母についての
思い出である。葉子さんと知恵遅れの妹、二人の子供をかえりみ
ず。家を出て遊び歩き、ダンスに夢中になる若い母親、それに忍
従する惨めな父の姿、これが昭和初期の軽佻浮薄と云うべき文士
たちの世界とともに見事に描かれている気がする。葉子さんは父
のし死後、このは母と再会するが、そのときのことを綴ったエッ
セイ「再会」も、ある女の生涯をしみじみ描いた味わい深いもの
だと思う。

 「折にふれての思い出」は父と親交のあった室生犀星、三好達
治、北原白秋、佐藤惣之助らについての思い出でもあるが、三好
達治についての文章は光っている。三好達治が朔太郎を敬愛して
いたことがよくわかる。

 だがこの本で最も強く述べられているのは、朔太郎の母親につ
いてである。たぶん、まずは母親を生涯、安心させることのなか
った朔太郎への独占的な愛情と、それと同時にエゴな行動、言動、
愛と憎しみと父への同情もよく述べられている。この勝ち気で、
わがままな母親のため、朔太郎は、せっかく再婚した女性と別れ
ねばならなかった。母親の朔太郎への愛情は夕方になると「朔太
郎が返ってくるのに危ないから」と「帰り未知に転がっている石
をどけに行く」ような人であった。

 葉子さんは父親の思い出話が知人に好評を博したので「父の
名前によりかかり、いい気になって書いている自分がイヤにな
ってもうやめようとも思ったことも何度もある」とか、でも父を
売り物にしようという浅ましい要素は感じられない。感傷にも溺
れず、家庭における朔太郎を過不足なく描いている名エッセイだ
と思える。初版は1959年、筑摩書房からである。

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