岩下俊作『縄』、「無法松の一生」でその名を残すが他の作品はどうだ?
岩下俊作、1906~1980,戦前、「富島松五郎伝」で直木賞
受賞寸前、横から菊池寛が横槍をれたから、「西域記」でも
戦前、芥川賞候補、「富島松五郎伝」は「無法松の一生」と
して映画化され、不朽の永遠に不滅の作品となったのだが、
作者たる岩下俊作は、この作品しか取り上げられないことを
愉快に思っていなかったようだ。だがそれは決して不幸でも
何でもない、これほどの庶民国民文学は見出し難いからであ
る。・・・・・では例えばで、他の作品でどのようなものが
あるのか、戦後、昭和33年、1958年に゙刊行された推理小説
「縄」を取り上げてみよう。作家としての力量が試されてい
る。
占領時代、GHQの時代の末期、小倉の海岸に首にロープを
巻かれ、胃の中に青酸カリの検出された変死体が流れ着いた。
警察の捜査で手がかりもなく事実上、打ち切りとなった。こ
の変死体事件に市立病院勤務の菊池、山田という二人の医師
が興味を持ち、結果的に解決に導くというものだ。あの終戦
後の時代、推理商小説ブームが起き、それに岩下俊作も刺激
され、自分も、と考えたようだ。だが容易でなかったようだ。
この二人の医師は被害者の身体に付いていた紙切れ「金魚
よ、この通りにやっつけしまったよ A.・B」という謎めい
た文句から、昭和7年以来、失踪していた秋田勉という人物
を探し当てる。さらに被害者は警察の捜査で元軍人と自称の
、闇商売をおこない、悪評の新井善蔵という男とわかった。
医師たちは死体にあった5枚の名刺から、それを印刷した
吉村という印刷屋を探り当てる。だが突如としてこの吉村が
第二の犠牲者となって不可解な死を遂げる。たまたか荒井の
妻、良子がラジオで尋ね人の放送を流してもらい、引揚者の
立花正樹なる得体のしれない容疑者が浮かび上がる。ここで
立花を拘束に向かった警官が逆に昏倒させられ、警官の制服
を盗まれ、これを着て立花は変装をする。
以後、官憲を弄ぶような姿を見せない立花と警察の争い
になるが、他方で医師たちはあらゆる物的証拠を固めてい
く。その過程で荒井殺しの真相らしきことと、死体の運搬、
遺棄のトリック、など案外簡単に見破っていく。結果として
事件にからまる「二本の紐」とされた秋田、立花という二人
の人物が、果たして「二本の紐」であったのか、「一本の紐」
であったか、に解決の鍵が集約される。
最初、謎の犯罪、カラ真犯人発見まで本格推理小説の体裁
はとっているが、別段、どんでん返しもなく、サスペンス、
トリックもなく、あたかも実際の犯罪記録のようで、推理作
家のレベルとは云い難い、とみなされたらしい。構成は複雑
だが、なんというか、コクがない、さらりとしている。また
明らかな大きな執筆上の失敗が指摘されるようである。
相当程度の物的証拠がありながら捜査開始、わずか十日も
経たず「五里霧中、事件は迷宮入りとなった」、どうも「迷
宮入り」の意味を知らないようで、あきれてしまう。
秋田、立花という二人の容疑者が秋田「どうせ親父もカイ
ンの末裔、永遠の安住の地はない、苦しみながら旅する運命」
立花「私はカインの末裔、永住の地はなく、兵粮の旅をする
運命です」と事実上、同じセリフを言わせているのは仰天で
ある。麻の縄の出所を菊池が一ヶ月も経って確かめに行って
即座に判明、それで芋づる式に真相解明だからバカらしいと
しかいいようがないだろう。時流の推理小説を狙ったが、そ
れをこなす力量がなかった、と逆に証明してしまった、とい
うことである。
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