マーサ・グライムズ『「独り残った先駆け馬丁」亭の密会』文春文庫、山本俊子訳、作品の邦題に全て「亭」がつく理由は

女性作家、マーサ・グライムズ、Martha Grimes(1931~)で
あつるが、「警視リチャード・ジュリー」シリーズ、その翻
訳のタイトルは全て「~亭」というものだ。別に英語の現タイ
トルにそれに相当する英単語はない。だが「亭」とは何やら、
店舗、飲食めいた店舗の意味である。だから、これは引用させ
ていただいた資料だが
1 The Man With a Load of Mischief 1981年 「禍いの荷を負う男」亭の殺人 1985年 山本俊子 文春文庫
2 The Old Fox Deceiv'd 1982年 「化かされた古狐」亭の憂鬱 1985年 青木久恵 文春文庫
3 The Anodyne Necklace 1983年 「鎮痛磁気ネックレス」亭の明察 1986年 吉野美恵子 文春文庫 ネロ・ウルフ賞受賞
4 The Dirty Duck 1984年 「酔いどれ家鴨」亭のかくも長き煩悶 1994年 吉野美恵子 文春文庫
5 Jerusalem Inn 1984年 「エルサレム」亭の静かな対決 1988年 山本俊子 文春文庫
6 Help the Poor Struggler 1985年 「悶える者を救え」亭の復讐 1987年 山本俊子 文春文庫
7 The Deer Leap 1985年 「跳ね鹿」亭のひそかな誘惑 1989年 山本俊子 文春文庫
8 I Am the Only Running Footman 1986年 「独り残った先駆け馬丁」亭の密会 1990年 山本俊子 文春文庫
9 The Five Bells and Bladebone 1987年 「五つの鐘と貝殻骨」亭の奇縁 1991年 吉野美恵子 文春文庫
10 The Old Silent 1989年 「古き沈黙」亭のさても面妖 1997年 山本俊子 文春文庫
11 The Old Contemptibles 1991年 「老いぼれ腰抜け」亭の純情 1993年 山本俊子 文春文庫
12 The Horse You Came In On 1993年 「乗ってきた馬」亭の再会 1996年 山本俊子 文春文庫
13 Rainbow's End 1995年 「レインボウズ・エンド」亭の大いなる幻影 1998年 山本俊子 文春文庫
14 The Case Has Altered 1997年 未訳
15 The Stargazey 1998年 未訳
シリーズは2019年刊行の第25作目までつづくのである。
なおご存命である。
なぜ「亭」?
イギリスにはどんな辺鄙な場所、田舎にもパブと呼ばれる
居酒屋がある。それらは旅館も兼ねていることが多いという。
古くから地域の住民たちの社交の場というか、要になってきた
ということらしい。2000年当時はパブの数がイギリス中で8万
軒近くあってこれは250世帯に一軒の割合だという。これだけ
異常に多いパブの数だから、屋号は工夫をこらしたものが多い
という。その屋号の例が、実際の屋号を使ったようで、上述の
タイトルなのだという。そこに目をつけて成功した女流作家が
マーサ・グライムズのジュリー警部、のちの警視、シリーズな
のである。
第一作が書かれたのが1981年、邦訳されたのが1985年、以後
もこのパターンが続いた。「The Man With a Load of Mischief 」
を「禍いのにを負う男」でなく「禍いを負う男」亭、事件と訳し
たのでらう。さもないと、タイトルが屋号などとは思いもつかな
いこともあるからか。題8作目がI Am the Only Running Footman
、「独り残った先駆け馬丁」亭の密会と訳している。ともかく全
手が実在のパブの屋号だという。
物語はこうしたパブを舞台として、しかも屋号が物語の雰囲気
を象徴するように工夫されているという。タイトル以外の別の屋
号のパブも出てくる。その例「限りある命」亭では、お客は命が
縮むような手荒なサービスを受けるという。
とんかくタイトル、その舞台にアイデア賞ものの発想だが、ま
ずこのシリーズはロンドン警察の切れ者、ジュリー警視、アメリ
カのハードボイルド探偵を気取る田舎刑事、マキャルヴィ、元貴
族階級の知識人の探偵、ブラントなどのレギュラー登場人物の軽
妙洒脱な言動、それが魅力という定評である。いちおう、本格推
理小説を踏襲はしているが、嘘っぽさがない、というのか、物分
りの良さを痛感させる。
女流作家はイギリス人でなく根っからのアメリカ人、とにかく
このアイデアで大成功を収めた。でもイギリス大好きという女性
らしいのだ。それが活かせて幸福ということである。
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