ショーロホフ『静かなドン』「戦争と平和」に匹敵の大河小説、政治的中立を徹底、激動に翻弄される一人の男の苦悩を描く

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 まず聞いたことはあるが日本人が現実、あまり読まない
大河小説『静かなドン』The Quiet Don,どうしてもソ連文学、
しかもスターリン治下ときたら、政治的宣伝の文学ではと
、つい色メガネでみてしまう傾向がある。違う、全く違う。
この小説はロシア古典文学の資質と伝統を正しく受け継ぎ、
高貴な思想性と幅広い社会性が見事に調和している大河小説
であると思う。革命から国内での戦争にかけての重要な時代
を描いた歴史小説と考えられるが、単に歴史的経緯を描いて
いるわけではない。主人公はグリゴーリーというが、その悲
劇的な運命、その苦悩を中心に、さまざまな登場人物の生き
ざまを通し、その時代、ロシアの歴史と社会を描くのに成功
しているだろう。スターリンによって片っ端から罪なき人が
数しれず収容所に送られ、粛清された時代、なぜショーロホ
フは、この政治的中立の作品で粛清の対象とならなかったの
か、偶然ではなく、スターリン自身がこの作品を何より愛読
していたからだとしか思えない。

 あらゆる点で、「戦争と平和」を連想させると思うが、主
人公のグリゴーリーの思想的な動揺と不安はヒューマニズム
をの運命をも暗示する。多くの登場人物の造形、人間性の描
写は「戦争と平和」ひどの緻密さはないとしても、逆に非常
に魅力ある人物を主人公に据えている点は「戦争と平和」よ
りむしろ親近感をも出せてくれる。

 ドン川は南ロシアを東西に流れ、アゾフ海に注ぐ。支流は
ウクライナにも流れている。ロシアとウクライナの交錯する、
だからロシア的と言える地域だろう。「静かなドン」は、ドン
川への枕詞的な愛称である。「母なるヴォルガ」というように。

 ソ連体制下の文学だが、紛れもなくロシア文学の伝統を引き
次ぐ作品で「戦争と平和」と並び称される作品だ。作者のショー
ロホフは生まれ故郷のこのドン川流域を舞台に、第一次大戦の
始まる前の時代から、大戦、革命、国内での激しい動乱、戦闘
、繰り広げられる巨大なる民族的叙事詩といって過言でない。
この小説はおよそ数え切れないこの小説ににはもう無数と思え
る挿話、事件が詰められている。中心はグリゴーリーの悲劇的
運命である。

 退役した近衛士官で典型的な中濃コサック、パンテレイ・メレ
ホフには長男ペトロ、次男グリゴーリーがいた。この小説はまず
、グリゴーリーと隣家のステパンの妻、アクシーニャとの恋愛で
始まる。二人の仲はステパンに知られ、大騒ぎとなる。グリゴー
リーは隣村の娘ナターリアを妻に迎えたが、アクシーニャへの想
いを断ち切れない。ある日、父親と激しい口論をしたグリゴーリ
ーはアクシーニャと駆け落ちし、退役将軍リストニッキーの屋敷
の馭者と女中で雇われ、住み込む。その後、グリゴーリーは軍隊
に取られ、地方連隊に回される。

 まもなく第一次対戦が始まる。兄のpeteroも妻を盗られたステ
パンも応召する。最前線に駆り出されたグリゴーリーは上官を
危機から救って負傷、功労で叙勲され、上等兵に昇進する。グリ
ゴーリーのカップルが住み込んでいた退役将軍家の息子の中尉も
負傷し、家に戻ったがアクシーニャと不倫となる。他方でグルゴー
リーは敵機の爆撃で再度負傷し、病院送りとなったが、そこで知り
あった兵士の話から戦争に疑問を抱く。ニコライ皇帝や祖国への
忠誠心、コサック兵としてのホコリに揺らぎが生じる。まもなく
帰郷を許されるがアクシーニャの不倫を知って二人に暴行を働き、
姿を消す。

 大戦は二年目となった。厭戦気分が戦線にみなぎった。兵士たち
も戦争への懐疑を深める。それにつれてぼボルシェヴィキの宣伝活
動が活発になった。グリゴーリーは戦線に復帰し、その勇猛さで
多くの勲章を授与される。そのころ、隣家の妻を盗られたステパン
を敵の陣地から救い出すが、和解できないまま別れた。

 1917年、ケレンスキーー内閣が成立、旅団長は新内閣支持を演説
する。が最高司令官、コルニロフは反対する。ケレンスキーはコロ
ンロフの逮捕状を出す。将校以下は迷い、動揺しての脱走が始まる。
やがて10月革命、ケレンスキー内閣は倒れ、騒然たる国内戦が始ま
る。ドン川下流域ノヴォチェルカックスの町は、コルにニロフはじ
め、革命に反対の勢力の拠点となって勇敢で反革命に燃えるコサッ
ク義勇軍が結成された。共産支配のロストフを瞬時に占領した。

 一方でやや上流のカーメンスカヤは革命軍の中心となって。コサ
ック下士官上がりのポドチールコフがこの地域の赤軍の最初の組織
者となって大いなる権勢を振るう。赤軍の指揮官となったグリゴー
リーはまたも負傷し、本部に護送されるが彼はそこで反革命軍の捕
虜が赤軍派に全員、虐殺される光景を見て激しい怒りに襲われる。
グリゴーリーはやがて故郷に戻る。

 ドン川流域の村落に赤軍が突如現れ、凌辱と略奪をほしいままに
する。村落は自衛部隊を組織して対抗しようとするが、グリゴーリー
はかって赤軍に身をおいたとして信用されない。ドン流域の赤軍派
入ったんは撃退されたが、ボルシェヴィキの勢いは増すばかり、再び
ドン流域に侵入した。今度はグリゴーリーが反赤軍の自衛隊部隊の
隊長として戦った。反赤軍派は長い戦いで勢いを失っていき、その
再編成に当たってグリゴーリは反革命拠点のカーメンスカヤからの
指令で連隊の指揮官を命じられる。しかし反革命軍幹部の行状を知る
につれ、グリゴーリーは深い絶望に陥る。外国から武器弾薬を受け取
り、祖国を裏切って戦争を食い物としていると知ったからだ。

 その頃、アクシーニャは故郷に戻り、グリゴーリーは彼女を呼び
寄せ、自暴自棄の生活を始めた。内部から崩壊した白軍は赤軍の前
に総崩れとなった。幹部たちは外国船でクリミヤに逃げ去った。赤軍
に投降したグリゴーリーはある夜、脱走し、故郷に舞い戻った。もう
戦争の気力はなく、ただ土を耕して生涯を終えようという思うのみで
あった。

 村では妹の亭主で貧農コサック、コシェヴォイが議長となっていた。
両親はとおに亡くなっていた。兄のペテロは戦死していた。故郷は、
もはや敗残兵のグリゴーリーの望みさえ受け入れない。絶望のあまり、
反革命匪賊に加わったグリゴーリーはある日、ドン川河畔に出た。そ
娘で遊んでいた彼の息子、出征中妻のナターリャの産んだ息子を抱き
上げ、狂ったように愛撫した。

 「それは彼の人生に残された全てであった。それは彼を、この大地
と冷たい太陽のもとに輝く巨大な世界につなぎとめ、親しませている
全てのものであった」

 この文章でこの大河小説は終わる。別に赤軍の称賛などしていない。
ロシアの歴史に翻弄される人物の苦悩を描ききっている。したがって
ソ連では否定的評価が多かったのは事実だ。革命の英雄でなく、この
ような常に動揺する苦悩の人物を主人公としたことの悲劇性の文学と
しての価値は不朽だろう。紛れもなくロシア文学の正統的伝統を受け
継ぐ作品である。

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