富士正晴『帝国軍隊に於ける学習・序』1964,すさまじい迫力の七つの中・短編

富士正晴さんの1964年の著書、内容は7つの短編、といって
冒頭の「童貞」は中編の長さだ。順番は「童貞」、「傍観者」
、「南雄の美女」、「崔長英」、「足の裏」、「帝国軍隊に於
ける学習・序」、「死ぬ奴」、どれをとっても規格外と云うべ
きだろうか、迫真の異様な内容だ。最初の「童貞」が圧倒的に
長く、これだけを中編と見てもいい。「童貞」は日本兵による
戦時強姦を描いている。
「わたしが未だ戦いに出ない前、北支の或る都での事件が耳
に入った、その真偽はいまだに明らかではないが、・・・その
都で難民、孤児などを収容していたヨーロッパ(注・枢軸国)の
カソリックの尼僧院を日本軍の或る大隊が襲撃したという事件
である。・・・その大隊の攻撃目標は難民、孤児の世話に当た
っていた尼僧たちの『股間』にあったらしいと伝えられた」
「童貞」の第二章だが「満州の或る大都会の街中で、或る午
後のこと、満鉄勤務の人の奥さんたち数人が日本兵に呼び止め
られ、外出許可が出たので花街を教えてほしい、と尋ねた。し
かし道順もごてごてし、都会に不慣れな兵士たちだからと道案
内しようと思った。当時の日本人は日本軍将兵への信頼は非常
にあつかった。そうして後少しという所で「自分らの気持ちは
おわかりになるでしょう。たかが二、三十分辛抱してくだされ
ば事が済むものです。おっと、逃げようとしても駄目です。こ
なことをしくじったら銃殺ものです。明日をもしれぬ男たちが
こうして頼んでいるんですから・・・」
この話は富士正晴さんが宇品の日本兵士に聞いて、非常に
不愉快に感じ、長く憂鬱の種子で残ったという。
また宇品港から出征する兵士たちが分宿した家の母娘をレイ
プする話、絶対的事実とは言わず何となく暗示的だが、まあ、
現実はそんなものだったと思わざるを得ない。でも兵士たちが
「だから戦争は面白い」と手柄話をするなど、情けないが迫真
性に満ちている。軍規は退廃の極み、ただ目的もない、戦争の
継続だけが目的となった中国戦線での日本兵の略奪強姦の話は
袋からものを取り出すように、いくらでも出てくる。それが的
確に描かれる。富士正晴さんはこれらを暗示的に提示し、読者
にやんわり、人間とは何かを問うているようだ。声を荒らげず、
この提示はさすがだと思う。
表題作の短編「帝国軍隊に於け学習・序」これは富士さんが
勤務していた役所で軍事教練が始まり、丙種の「わたし」は嫌
気がさして勤めをやめてしまうところから始まる。すると観閲
点呼、、防空演習が追いかけてくる。それが負担で徴用工にな
ると、回されたのは最も厳しい圧延、工場からの帰りには鼻が
傾いていたという。ー教育召集令状が舞い込む、これは徴用
より楽だと思って満足するが、「ボロ中のボロの、兵隊として
不届者、役立たずのわたし」が懲罰で第一線に送られるという
逆説のストーリーが皮肉なネチネチした文章で語られる
この当時、といって昭和20年代は同人誌「VIKING]の主宰者
で多くの作家を世に出している。文壇における富士正晴さんは
一種の規格外のスケールを帯びていた。茨木市の竹林の賢者、
1913~1987,徳島県三好郡出身。
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