映画『禁じられた遊び』1957の些細な時代考証の誤り、銃撃の戦闘機FW190は1940年6月は実戦配備されおらず

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 これは名画『禁じられた遊び』の些細な誤り、時代考証の誤
りだが、些細故に今までこのことに触れた指摘はなかった。
あの最初のシーン、ドイツ軍が電撃的にフランスに侵攻、フラ
ンス人が列をなして避難している場面、南仏で1940年6月だと
の設定である。1940年6月22日、休戦協定だからそれがドイツ
への降伏である。『禁じられた遊び』の避難場面は1940年6月
というがしかも前半と考えるべき。

 映画ではスツーカ急降下爆撃機の爆撃、ついでフォッケウル
フFw190の機銃掃射となってそこでポーレットの両親が斃れる
、わけだがその戦闘機の実戦配備は最初が1940年8月である。
まだナチスドイツの戦闘機はBF109の一人舞台であった。最初
の配備、運用が1940年8月といって本格化には程遠い。フラン
ス侵攻、それ以前のオランダ、ベルギーへのドイツの攻撃の
記録フィルムでも戦闘機はすべてBF109である。

 つまり他愛もない時代考証の誤りだが、あの時点で、1940年
6月時点でのFW190の機銃掃射攻撃はあり得ない、ということで
ある。映画製作者も手近にあった記録フィルムを使っただけで
、そこまで細かく考証はしなかっただけだろうが、些細なよう
で明らかな誤りだけに、些細とばかりは云っておられないと思
われる。

 マジノライン、アルデンヌ近辺ではフランス難民が道を埋め
つくし、フランス軍の反撃の移動に大きな障害となったが、
南仏でそこまでの難民の行列があっただろうか。これは研究の
余地がある。原作準拠だからあったというほかないが。だがこ
の時点で大規模な侵攻は南仏では見られない。イタリアがフラ
ンスへの侵攻を始めている。6月14日はパリ陥落である。

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