久生十蘭『あなたも私も』1956,角川文庫など、本当に手の込んだ綿密な構成の作品,、戦後の混乱の「様々なる意匠」
概略はこうだろうか、いたって三流のファッション・モデル
の水上サト子、が鎌倉の叔母の家に来ている。すると、庭の
生け垣の向こうから、ポロシャツを着た歌舞伎役者風の美男子
が現れる。声をかけると挨拶もなく、青年はぬけぬけと生け垣
を超えて入ってくる。なれなれしく話しかけてくるから、話し
こんでいたら、玄関から声がする、警官が三人立っている。ポ
ロシャツを着た空き巣が逃げ込んでいるということで、青年の
捕物となるが、青年はいきなり海に飛び込む、家は海岸にあっ
た。大掛かりな海上捜査となり、どうやら青年は水死したらし
い。それでサト子は偶然、警察官の一人の中村吉右衛門と親し
く口を利くようになる。これが発端。
ところがこのサト子、空き巣の青年、警察官という取り合わせ
が久生十蘭の緻密な計算で組み合わせれている、というようだ。
青年の秋川慶一郎は死んではおらず、まもなくサト子と再会し、
彼女を巡る、なんというのか、千一夜物語のような運命の重要な
役割を果たす。若い警察官の中村吉右衛門は、物語の終わりくら
いになって、はじめて、昔、近所の知り合いであり、サト子の父
親が面倒を見ていたことも明らかにされる。
要は流石に久生十蘭、入念に組み立てられている。だかr推理
小説的なサスペンスもあり、伏線も複雑であり、無関係と思えた
ことがいつの間にやら、緊密に結びつくという具合だ。ウラン鉱
脈の炭鉱、グラすファイバー、偽軍票事件、不良外人など、当時
の多分、話題だったのだろう、新奇な話題も存分に取り入れられ
ている。情景描写も人物の会話も気が利いている。
水上サト子の祖父は、アメリカで死んだが、日本のある土地の
鉱業権を持っていた。だが、そこからアメリカ原子力委員会の
お墨付きのウラン鉱脈が発見された。権利は13億円を超えた。そう
なると、その権利は祖父からタダ同然で買ったという人物や、それ
を狙う不良外人ブローカーも現れ、それを狙う警視庁、かと思うと、
日本の重要なウラン鉱脈、外人に渡すなというサト子の味方になる
秋川良作、愛一郎〈藤山愛一郎ではない〉の父、という表立った道
具はこれくらいでも、秋川良作の亡妻の秘密を巡って展開する。
秋川父子はともにサト子に恋愛感情がある、だが父の良作は七年
前に妻を失い、その思いをなお懐く。だが、その妻は、生前、夫が
世話をしていた、実業家の神月に誘惑され、過ちを犯している。
彼女はそれを秘密にして死ぬが、神月は彼女が送った手紙を隠して
いる。たまたま母の秘密を知った息子の愛一郎はこの手紙を奪い返
そうとして発端の事件となった空き巣を働こうとした。
ともかく久生十蘭の凝り性が集約している。最後は、鉱脈権の
詐取を狙う一味は敗れ去り、他方、秘密の手紙も愛一郎に戻る。サ
ト子が良策からの求婚を受けるところでエンドとなる。戦後社会の
混乱と錯綜の、いわば「様々なる意匠」というところか。まとめ上
げる能力の高い久生十蘭である。翌年、1957年に久生十蘭は亡くな
ったから遺作ともいえる。
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