ニェズナンスキ『犯罪の大地』工藤精一郎訳、共産主義時代のソ連の荒んだ犯罪の実態


 この本は1984年、中央公論社から翻訳刊行されたものだが、
まだソ連時代である。著者は『赤の広場』、『消えたクレムリ
ん記者』などの推理小説で一躍知られるようになったという。
かくて、ソ連内部の汚職や司法の実態について材料の提供をし
た。1977年に亡命を決意するまで15年間、ソ連内で捜査検事と
して働き、次の十年間は弁護士として法廷に立ったという。ま
て刑事学、犯罪学について研鑽を積み、ソ連での犯罪について
資料を収集した。その成果がこの本に結実、というべきか、共
産国家、その末期のソ連の犯罪報告である。

 建前上は共産主義国では資本主義国でのような犯罪はうまれ
ない、だが現実、酷い例では北朝鮮、さらに中国、である。端
的にいうならば、共産主義国でも資本主義国で犯罪の傾向は変
わない。北朝鮮は飢餓と生活苦で食人まで発生というから、これ
が古代の食糧難の時代である。

 ともかくソ連時代は殺人、傷害、麻薬、青少年非行、自殺が
蔓延、何一つ社会主義国のソ連として誇れるものはない。著者
は非公表の資料、統計を暴き出してその散々な現実を明らかに
しているのだ。殺人件数は当時、アメリカと同レベル、西欧や
日本の数倍以上、自殺率も高い。著者は体制の如何を問わず、
二つの超大国の病んでいる証拠を見出しているようだ。

 だがソ連時代、ソ連特有の犯罪が多かった。その一つが徹底
した社会主義官僚による汚職であるという。企業が国有化、公
有化され、経済が統制され、物資の流れが官僚の一存、そこに
腐敗は必ず生じる。

 この時代はまだブレジネフ時代、末期だったようだがそれなり
の安定である。それが高級官僚、党幹部らによる大規模な腐敗事
件へと発展する・もうブレジネフ体制は末期、ブレジネフ一族を
巻き込み、体制を揺さぶった汚職事件、それがまた権力によって
もみけされる過程も詳述している。

 スターリン国家の収容所、粛清、不当逮捕拘禁という無法ぶり
から法治国家へ体制転換したはずが、社会主義官僚、共産党独裁
の生む法の歪曲、無視は同時に反体制勢力、批判勢力への容赦な
い弾圧であり、しょせん収容所列島の基本と本質は変わっていな
かった、ということだろうか。いったん「反国家」「国家破壊行
」というレッテルを貼られたら最後、もう超法規的な報復を浴び
てしまう。そこで弁護士が無実を申し立てれば即座に弁護士資格
を剥奪される。法の上に国家が、その上に共産党があるソ連司法
の時代錯誤ぶりと無法を語る。

 だがソ連での犯罪の大きな特徴は上の犯罪だけではなく、民衆
レベルの「無頼犯罪」の多発だという。単純な喧嘩や酔っぱらい
の暴力、恐喝、脅しが多いが、検察の匙加減ですぐに「社会主義
秩序破壊行為」とされてしまう。

 市民生活の自治より共産主義敵「法と秩序」が支配の原則とな
る国家の警察は秘密警察的であり、怖ろしいということである。
世界初の共産主義国家が実は何を生んだか、反共文書でなく事実に
よって裏付けされた本だ。


 著者 Fridrikh Neznanskii

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