アンドレ・マルロー『反回想録』、壮大な歴史思想、現代史の縦横無尽な叙事詩、
日本文化にもすさまじい関心を持っていた規格外の行動的
知識人のアンドレ・マルロー(1901~1976)の同時代的な、
歴史的、思想的回顧で実に大著である。マルローの最も重要
な著作だろう。とにかく扱う対象が広範でスケールは桁外れ
だ。歴史的、政治的、文明論的な20世紀の大事件や大きな問
題が、マルローの世界で次々と描き出される。上下巻で700ペ
ージを超える。
「反回想録」のタイトルの意味するものはなにか?その理
由としてマルローは「私自身にとってしか重要でないことが、
どうして真に自分にとって重要と云えようか」という反私的
なスタンスである。回想と云えば回想にせよ、私的な意味合
いを否定し、20世紀の巨大な叙事詩、というべきか。
あの『王道』を生むきっかけとなった1923年、22歳でイン
ドシナ訪問、すでに並外れた冒険性と革命、行動と思索の生
涯の開始である。ところがプノンペンで彫像盗掘で懲役3年
の実刑判決、フランスでの支援運動もあって執行猶予に減刑、
これだけ聞いても類を見ない行動性が見て取れる。そこから
インドシナ植民地支配反対運動、やがて中国を知る、上海で
の共産勢力崩壊、以後、インド、モンゴル、日本へと東に足
を伸ばす。これと並行し、エジプト、イラン、アフガンなど
での考古学調査、スペイン内戦では共和国軍に味方し、操縦
士としても活動、ナチス支配下でのレジスタンス、逮捕され、
処刑寸前を危機一髪でレジスタンス勢力に救われる。全く
あまりの行動性であるが、戦後はド・ゴール政権の文科相な
ど、閣僚でとしても活躍、「盗掘」を「王道」と自称したそ
の精神性は並ではなかった。
その波乱の行動の人生が単に編年体ではなく、その代表的
作品の名前を冠した各章、5部「アルテブルクの胡桃の木」
、「反回想録」、「西欧の誘惑」、「王道」、「人間の条件」
という構成である。いたって非個人的に回想される。
「アルテンブルクの胡桃の木」では祖父の自殺とその弟が
親しかったニーチェの狂気、エジプトのピラミッドの中の奥
の一室とヒトラーの地下司令部の部屋、シバの女王の都とメキ
シコなどが自由に結び付けられるくらいだ。またインドの輪廻
の思想、ナチスの絶滅収容所なども語られ、ド・ゴール将軍に
ついての記述が面白い。
ま伝説化しているが、ド・ゴールが初めてマルローと出会っ
てその後、会見で「ついに私は人間に出会った」と叫んだ、と
いうが、これもナポレオンがゲーテを評しての言葉の真似であ
るが、逆にマルローはド・ゴールについて「将軍に私が見出し
たものは、ある種の内的な距離であり、これと同じような人間
的態度は毛沢東のもとでしか私は見いだせない」意味はよくわ
からない、また「伊勢神宮」への重要な指摘、と縦横無尽であ
る。
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