アイザィア・バーリン『父と子、トゥルゲーネフと自由主義者の苦悩』右からも左からも常に攻撃されるつらい立場

  
  アイザィア・バーリンの名著は 日本でも翻訳出版され
ている。岩波文庫で『マキアヴェッリの独創性』、『反啓蒙
思想』、『ロシア・インテリゲンツィアの誕生』、『ある思
想史家の回想』、『ロマン主義講義』、『北方の博士J.G.ハー
マン』、『ロマン主義と政治』、、『バーリン選集』など、
まさに素晴らしい内容だと思う。ただ絶版となっているのが
『父と子 、トゥルゲーネフと自由主義者の苦悩だ』なお『
ロシア・インテリゲンツイアの誕生』以下は単行本である。

 この本が出た当時と思想状況はかわり、現在は保守的、右
翼的支配が強いが、以前は左翼的思想が支配的だった。だが
いつの時代もリベラルは攻撃されるということだ。かっては
ルベラリズムの限界と挟撃され、今は右翼勢力からリベラリズ
ズム、自由主義者はエセ左翼と攻撃される

 バーリンが執筆当時、当時の自由主義者たちは中道でやや
左寄りというスタンスであった。「右翼の人相の悪さも、左翼
のヒステリー、非情の暴力、扇動体質にも等しく嫌悪を感じて
いる」が、この「少数の自己批判的で、常に極めて勇敢とは云
い難い一群の人々」のスタンスの祖先に当たるのが19世紀ロシ
アのリベラリスト、自由主義者のトゥルゲーネフという作家で
あった。バーリンの「父と子」の主題は、このような視点で二
つの時代を見渡し、現代の人々に示唆を与える。

 ソヴィエト、ロシアではトゥルゲーネフの芸術家としての評
価は揺るがないが、社会思想家としての彼は論議の外にある。
トゥルゲーネフが描き続けた西欧的価値観を信じる知識人の危
い立場は今日のロシアのみならず、世界でも共通の思想的傾向
である。過激に身を投じることが出来ず、右からも左からも常
に攻撃される、そういうタイプをトゥルゲーネフは見事に描い
た。

 元来がトゥルゲーネフは政治的な人間ではない。自然、人間
関係、芸術的表現を愛する男であって、19世紀のロシアの状況
に常に誠実に対応した。作家としての社会的責任を否定したこ
とは一度もない。彼は妙に革命に好意的だった。だが「けむり」
で「わたしはヨーロッパに、もっと正確に言えば文明に、身を
捧げています。この文明という言葉は純粋で神聖なものだ。とこ
ろが他の言葉、たとえば『民衆』とか、・・・・『栄光』も血の
匂いがする」と語らせるのである。

 いつの時代も自由主義者、リベラリストは中途半端な立場だ、
ドストエフスキーやトルストイ雨のような反動的な巨匠たちが
一向に批判も受けず、トゥルゲーネフのような良識的な人物が
左右から攻撃される。微温的なことは攻撃の格好の材料なのだ。
だがこの中途半端な立場であったトゥルゲーネフだからこそ、
見抜けたことが多いのだ。ドストエフスキーなどが理解しえな
いものを理解出来た。・・・・・バーリンはそう考えて、この
19世紀のロシアの自由主義者を再評価するのだ。狙いは政治論
でも文学的な切り口もいい。他の著作ともども、必読というべ
きだ。


  Isaiah Berlin 1909~1997,ラトビア出身のユダヤ人、
イギリスの哲学者、オックスフォード大学教授

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