西村亨『折口名彙と折口学』1985、桜楓社、折口学の優れた通釈
折口信夫が偉大な国文学者、民俗学者、国語学者、歌人と
は聞いていても、その著作を実際に読めるかどうか、大きな
困難がある。旧制天王寺中学での留年がこたえていて生涯の
心の傷となった。天上寺中学、高校から何度も校歌の作詞を
依頼されたが応じることはなく、また顔の青あざがこれまた
コンプレックスとなった。人間誰しも生涯消せぬ心の傷はあ
る、私などは無為無能にして心の傷のと問屋だ。・・・それ
がどうでもいい、とにかく折口信夫の著作は難解だ、ただ難
解なだけでなく大きな魅力と個性に満ちているが読者は困惑
どころではない。あまりに独自な学風だろう。その推論の過
程は示されることは少なく、学説は至って断片的に語られる。
端的云えば体系が見えてこない。
なお「おりぐちしのぶ」ではなく「おりくちしのぶ」であ
る。これが誤解されていることが多い。
そうなったのも戦前の国家神道絶対化による検閲、摘発が
大きな影響であろうとされる。常に国の強要する国家神道に
背くと思われてならない、と意識せざるを得ずなかった、だ
が、さらに大きな要因は折口の際立つ個性だろうか、通常の
学者の言葉ではない、現代のタイムマシンで迷い込んだ古代
人が自分のついて、自分の住んでいる土地について語るよう
に古代を語った。何か、そのせいか呪文めいている。それを
読者が読めるか?至難であろう。・・・・・・そのために
一般読者でも折口学が理解できるよう、巧みな通釈を行って
くれたのが西村亨慶応大文学部教授である。
折口信夫は旧制天王寺中学から旧制三高を受験の予定を
翻し、創設したばかりの國學院大予科に入学した。その直
系の研究者に限らず、その影響下にあったのは広い意味で
の国文学者、特に古代文学と芸能史の研究者たち、さらに
梅原猛、川村二郎も折口学の影響が大きい。
ともっかう折口学の手引書がこの本である。折口信夫全集
を読み抜いて、さらに膨大な情報を整理、参照し、折口学を
見事に整理している。その整理は折口信夫の使う用語をベー
スにしてなされている。特にである、貴重なのは「折口信夫
名彙解説」という一篇に含まれている「折口学の体系」であ
る。その一は国文学、その二は芸能史、その三は民俗学。そ
れらは実に短いが、要点をまさに的確に述べていると思う。
一の国文学の冒頭
「折口信夫の学説の中心は神の問題である。折口信夫が問題
にしているのは、時を定めて訪れる遠来の神である。日本の神
は常住人間と相接しているのではなく、常に遥かな世界あって
、年に一度か何度か、周期的に人間世界を訪れるものである。
これが折口名辞としての『まれびと』である」
二の芸能史の冒頭
「まれびとである神の訪れは、これを芸能の側面から見れば翁
の出現となる。能楽において洗練された翁以外に、例えば三番叟
の黒尉が翁の一種である。民俗芸能には各段階の翁がある。これ
らの翁が来訪の道中を語り演じるのが文学の方面でもふれた道行
である」
ともかく折口信夫全集など一般人が読める道理はなく、つまり
読んで理解など及ばない話であり、この本でまずは折口学を知る、
それだけでも十分以上だろう、と思う。
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