原田康子『殺人者』1962,やはり甘美さを含むが時代を見事に映し出す

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 あの『挽歌』の大ヒットが1957年、それから数年を経ての
作品である。有名作家になっても北海道に居住し続けたこと
は好感を持たざるを得ない。文学は東京でなくてもやれる、
当然と思うが、日本では少数派である。

 さてタイトルは『殺人者』、あの『挽歌」の甘美な雰囲気
を望む読者にはやや、・・・だったような気はするが、

銀座の一流の画廊に、なにか緊張した表情の一人の娘が入っ
てきて、ある国際的な画家の48万円という価格の付いた「
スペインの空」という絵画をよこせ、と迫る。

 ちょっとスリルの満ちた出だし、導入部でこの小説は始ま
る。父親から盗んだ小切手を差し出す。この娘、洲本淳子は
これで「スペインの空」を小切手利用で手中に収めるが、こ
の事件を知った東邦パルプという大企業の社長を務める父親
によって北海道小樽近郊のその会社の山荘に娘は監禁状態に
置かれてしまう。

 その下働らきのオバサンと二人だけの山荘暮らしであった
が、すぐ近くである夜、美しい二号さんが猟銃で殺害される。
その美男の殺人者が、その猟銃を突きつけ、順子の部屋に押し
入ってくる。

 殺人者を追求するヴェテラン刑事の平静な態度に憤慨した
淳子は、断じて警察には引き渡さないと決心する。それは自
分の心情の空白を一挙に充実させた「スペインの空」を我が
ものにし、断じて他人に渡さないというのと似ている。

 かくして父親によって山荘に監禁されている淳子が、今度
は自首を考える殺人者を無理やりその山荘に監禁する。その
山荘周囲には警察が目を光らせて迫ってくる。どう考えても
破綻が訪れないはずはない、・・・・実にサスペンスに富ん
でいて、やはり本物の作家だったと思わせるものがある、が
映画化を最初から考えていたのかどうか、映画的な小説だろう。
胸の病の回復過程にある一人の娘の不安定な心情を通し、やは
り描くのは「甘い哀しみ」という、いたってムーディーである。
ならうやはり『挽歌』の作家と決めつけてはならず、自由など
あるようで実はない、という現代社会の二重三重の精神的な、
監禁、縛りの状態が浮かび上がってくるようだ。

 時代的背景は安保大騒動の直後に近い、政治テロ、不可解な
殺人が相次いでいた、メロドラマ仕立て、だがその時代をなか
なか的確に表現しているのではないか、である。

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