伊藤桂一『蛍の川』文春文庫、直木賞受賞作、ついに大作家になり得た戦記作家

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 基本は戦記文学だが時代小説、また詩集、俳句、2017年に
99歳で亡くなられたが、狭い意味の戦記文学者と思わていた
が、レパートリーも広げ、戦記文学はさらに深く広くなり、
遂には大作家の域に達したと思う。1962年の直木賞受賞作『
蛍の河』を収録の文春文庫、元来の単行本を引き継いだ収録
となっている。

 直木賞受賞となった『蛍の河』、江南地方のクリークを小舟
に乗って敵軍を討滅に行くが、その途中で闇の中で信じられな
いような密集した蛍の群れに出逢う。夜が明けて日が昇ると、
昨夜の不眠の疲れが出てか、兵士たちは皆、うとうとしていた
が、著者、伊藤は小舟から転落する。その時、携えていた擲弾
筒を水の中に落としてしまう。

 伊藤が属していた小隊は隊長が非常に温厚な性格のため、凶
暴な性格の中隊長から憎まれている。もし、大切な兵器を紛失
がバレたら、一体どうなるやら想像もつかない。皆で懸命に探
すのだが、遂に一人の兵士が裸になって水中に飛び込み、拾っ
てきてくれた。そのあとでやたら、投網をうって大きな鱒をた
くさん釣り上げた、という半ばユーモラスな結果で終わる。

 殺伐たる戦地の描写だが詩情にあふれている。それでいて、
同時に、戦場での複雑な人間関係をも的確に述べていると思う。

 その他の収録作品、どれも名篇だと思えるが、『廟』は、戦死
した戦友の妹が歌手として慰問に来てくれた。その女性を部隊ま
で送り届ける途中、敵の襲撃に遭遇、互いに好意を抱いていた二
人は路傍の廟に立てこもって応戦し、ともに戦死するまでを描い
いる。その心の動きは的確に克明に表現されている、まさに佳作
だろう。

 『黄土の牡丹』感銘深いことまおるが、考えさせられる内容だ。

 「私」、著者だろうか、戦地の小さな村で若い娘をレイプする。
その娘が「私」は忘れられないが、彼を憎む中隊長とその娘を奪い
合うよになるy.だが娘は中隊長を寄せ付けない、いろんな事件も
起こり、ある作戦中、もう中隊長から殺されるに違いないと覚悟を
決めるが、激戦の後、負傷し、虫の息となった彼を中隊長が助ける
という物語である。主人公が自分がレイプした娘に執着するひたむ
きな愛情、同時に死中に活を求める生きる本能も交錯し、実に感動
深いが、またこれでいいのか、と考えざるを得ない部分もある。
戦争だから仕方がないで済むのかどうか、最後まで中国との停戦を
まるで考えず、戦争自体が目的化した日中戦争、そこでのかずしれ
ぬ悲劇とドラマ、序文で丹羽文雄が「戦場という特殊な世界を描き
ながら、その全編に詩情が流れている」、「大切な文学者だ」と述
べている。地味だがすべての作品に染いるような情感が流れている
ようだ。そえrでいて軟弱ではない。・・・・・・遂に大作家にな
りえた伊藤桂一の初期の作品群である。

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