梅崎春生『てんしるちしる』1962.梅崎春生の最も長い長編だが忘れられている作品

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 梅崎春生、1915~1965,その1962年、昭和37年に単行本と
なった長編である。梅崎春生の随一の長編と思われる。題名
奇妙だが「天知る地知る」という意味であり、十八史略にそ
の源、「天知る地知る我知る人知る」であるが、梅崎は「天
知る地知る人知らず」と続けたいと思い、子供にいろはカル
タを教えるような気持ちでこの題名にした、という。原典は
、壁に耳ありのように、いくら隠そうとしても誰でもすぐに
知るようになる、という意味なのだが、それをひっくり返し
、「知っているのは天と地だけだ」と愚かな人間どもにとっ
ては依然として一寸先も闇、ということらしい・そこから思
わぬ行き違いが生まれる、というようだ。

 つまり、知らぬは人間ばかりなり、そこから生まれる人間
喜劇、悲劇をコンセプトとして提示しているようだ。

 作品の粗筋というのか、定年になった恐妻家の男が、保養も
兼ねて宝探し目的で九州に出かける。途中で知り合った若い男
女と一緒に自動車事故に出逢い、宝探しの地図の入ったカバン
を青年のカバンと間違えられる。三人は互いに名前さえ知らな
い間柄で大切なカバンがなくなるという発端からの部分と、地
図の回収が目処がついた時、宝探しそのものが無意味となった
とわかる、というオチの部分。たったこれだけで長編ではなく
て。梅崎の戦時中から戦後にかけての有為転変を、三人の男女
の家族関係を中心に描いていることうことだ。最初に出てくる
男女だが再び出てくるのは最後だけである。

 梅崎は戦争を通過したものと、しなかったものの相違を描き
たかったようだが、梅崎はシリアスな作品と、おどけた喜劇風
作品の二系統があるが、どうも、ドタバタの喜劇にしたかった
ようで、重いテーマも消え失せてしまったようだ。小説の展開
は上手い、さすが文才であるが、コンセプトが消え失せてしま
った。

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