松本恵子『随筆 猫』1962,(Kindle購読) 猫のいる釈迦涅槃図の発見が光る、とにかく猫党

松本恵子というと二十年ほど前のアイドルみたいな名前だ
が、1891~1976,随筆家、翻訳家、また推理作家でもあった。
函館ゆかりの作家、あるじき貸家業を営み、小林秀雄もその
同棲時代に借り主だったというから、時代的には古いは古い。
それだけに広義の文学上の業績は多い。・・・1962年、昭和3
37年に東峰出版という会社から刊行され、現在はKindleで購読
できる。amazonでの評価がこの本、Kindleだが妙に低いが、そ
の評価は誤りである。優れた内容である。
ないような猫についてである。私も故郷を振り返り、思い出
すのはほぼ猫だけである。懐かしい人間はいない。苦楽をとも
にした猫たち、悲しい別れ、またあの猫たちと暮らしたい、お
思っても叶わぬ夢である。本宅と職場が別、というのがまずネ
ックである。
さて「猫好きの人と話をするのが一ばん楽しい」という著者、
したがって猫派、猫党の友人、知人が多い。収録されているの
は52篇の随筆、随想だが全て猫に関するものである。専門的な
ことは動物学者などに任せたらいいわけで、要は「私はただ猫
好きな人間」でその思いを「猫好きな読者」に伝えるだけだと
断っている。
猫の歴史、その種類、日本の文献に現れる猫とか、最初の
序文的なエッセイを除けば、他は著者の飼った多くの猫の習性
、猫派の語る興味深いエピソードなどがメインである。本書に
しばしば登場の著者が16年間、連れ添った黒猫の黒兵衛の話が
多く、その黒猫の彼は人の言葉をよく理解し、義理人情に厚く、
慣習を重んじ、時と場を心得た紳士であったという。この至っ
て模範的な黒猫から、猫の性格、猫の世界を思考し、猫社会の
倫理、習性、人間との関わり、とまあ断片的ながら、話はどん
どん続く。
猫は動物食、だから肉や魚ばかり食べるわけではなく、胡瓜
を食べたり、かぼちゃに穴を開けたりする。ナイロン製のスト
ッキングを専門に集める奇妙な癖を持つ猫もいる。自尊心は
強く、超然とじゃれてくる親しみを併せ持つ。毛色、尻尾の
形も多種多様、だが猫は基本、非常に似ている。性格も個性
が際立って多種多様、一言でくくれない。でも基本、警戒心
は強そうだ。
著者は猫と人間の関係を特に重視する、苦労して生んだ子猫
を取り上げられて挙げ句、捨てられることは多い。私(ブロガー)
も親が鬼畜以下だったので子猫を平気で捨てたり、子猫に引っか
かれたと絞め殺したり、橋から捨てたり、本当にゲス極の鬼畜
以下だった。本当に天寿を全うできる猫は多数派ではない。車
に轢かれて無惨な死を遂げる猫が後を絶たない。
ところで釈迦の入滅を描いた涅槃図に猫がいない、ことが気に
なった著者は猫のいる涅槃図を尋ねて探し、横浜市金沢の称名寺
、鎌倉の宝戒寺、芝山の仁王寺、京都の東福寺、枚方の浄土院、
増上寺などを訪ねる。
ここの点が本書で重要と思う、猫は悪性の故に釈迦に近づくこ
とを許されないという。その伝説的な思い込みは覆されて、猫の
いる涅槃図を上記の寺院で見つけることができたという。これは
大きな発見だ。
猫の怪談、お伽噺、猫と俳句、童話など、この著者は猫をとに
かく愛し、礼賛だ。私も猫派だから我が意を得た思いがする。長年
に渡って集めた豊富な資料だが、それらが必ずしも本書に有効に
活かされていない憾みはある。あくまでも猫派のエッセイというス
タンスである。専門的なことは動物学者、歴史学者の本に当たれば
いいだろう。例えば上原虎重「猫の歴史」でも、厳しすぎる。

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