『埋れた青春』1954、デュヴィヴィエ監督の戦後の最優秀作、冤罪で人生を蹂躙された男の悲惨
この映画はジュリアン・デュヴィヴィエ、Julien Duvivier
監督、1896~1967の1954年制作である。原題はL'Affaire Mau-
rizius,原作はドイツ出身の作家、ヤーコブ・ヴァサーマンの
小説である。恋愛が絡む法廷映画という構造である。
フランス映画らしく画面は薄暗く陰鬱な内容だ。デュヴィヴ
ィエ監督の戦後の作品では最優秀と断定できる。大作である。
だが暗すぎる。翌年は「わが青春のマリアンヌ」を制作してい
る。
この映画はデュヴィヴィエ監督の本来の持ち味である何とも
悲観的な陰鬱さが基調にある。戦前の『旅路の果て』に見られ
るデュヴィヴィエ監督の重苦いい暗さが何か、うめき声となっ
て響くような映画だろう。社会的な視野がテーマでもある、現
代の司法で青春どころか人生全体が蹂躙し、破壊された悲惨な
話である。
原作は戦前から一流のドイツ作家であったヤーコブ・ヴァッサー
マンである。それゆえにこの映画は戦後のフランス映画の中では
異端というか、特異なものでああるだろう。ラストは絶望した、
過去の屈辱にも絶望したレオナール・モリッツイ(ダニエル・ジェ
ラン)の最期を悲惨に突き放し、描いている。彼が列車から飛び降
り自殺を図る習慣、列車はトンネルの暗闇に突入する。間髪入れず
FINの文字が字幕で出る。心底、腹にこたえるFINである。
この映画はデュヴィヴィエが独力で脚色をやったそうで、その結
果、構成は本当に緊密だと思う。回想型式で話は過去の遡るのだ。
しかも合間、あいまに現在に立ち返る。真相究明である。技巧的だ
が名刀の切れ味のようだ。
無実の罪で18年間も服役した元秀才青年のレオナール・モリツイス
(ダニエル・ジュラン)は23歳で大学で講義を行ったほどの美術史家
だが、女性関係での失敗がある。8万フランの借財も作った。が、父
親(ドニ・ディネス)に背いて15歳も年上の未亡人エリザベート(
マドレーヌ・ロバンソン)と結婚したものの、・・・・・結果として、
妻の殺害で逮捕、起訴される。自供もなく証拠もなかった。だが唯一
の証人ワレム(アントン・ウォルブルック)の非常に不利な証言と検
事(シャルル・ヴァネル)の痛烈な論告でついに終身刑が下ってしま
った。世論は物的証拠もないのに冤罪と、怒りの声が上がった。法廷
は混乱した。レオナールも真犯人は知らなかった。その友人、で証人
のワレムも名声を恣にする美術評論家だった。レオナールは妻の美貌
の妹、アンナ(エレオノラ・ロッシ・ドラーゴ)に夢中となっていて、
妻に離婚を迫って拒絶されていたという状況も彼の心証を悪くさせた。
誰が真犯人なのか?この映画は第一段階からサスペンスに満ちてい
るといえる。推理小説的映画の面白みもあるが、それでは到底、終わっ
ていないところがデュヴィヴィエ監督の見識だろうか。描くのはそこ
までも人間そのものなのだ
正直、ただこの映画を日本人が見ただけでも構成、展開がまるで
理解しにくい。実はこうなっていると思う。
ほぼ三段階にこの映画は分かれている。
第1段階は、かってモリツイス事件を担当した老検事(シャルル・
ヴァネル)とその16歳の一人息子、エツェル(ジャック・シャバッソ
ル)との不仲で少年が家出をし、かっての証人であるワレムの所在を
突き止めるまでの話
第二弾会で、少年の情熱に負け、秘密を語る老いたるワレムの敗残
的な姿と、18年前のアンナをめぐる奇怪な四角関係のもつれを展開さ
せる。
第三段階は、ついに息子の執拗な行動に負けて、老検事が古い裁判
資料を調べた上、レオナールに特赦を与え、出所させる話。この第三
段階は短いが非常に重要と思われる。だが18年ぶりに出所した生ける
屍となっているレオナールは、人妻となっていた恋人のアンナの冷酷
さ、婚前の我が罪の子も行方知らずと聞いて絶望し、列車から飛び降
り自殺する。
これだけでは映画はなお理解しにくい。
第一段階では11月の寒い日、スイスのベルンの中学では始まる。
冒頭の挿話も効果的だし、帰途、奇妙な老人(レオナールの父)に
尾行され、その尾行がく度重なっていく。スイスの町の初冬の風情
、その伝統的な古風な町並み、静けさ、も非常に風格をこの映画に
与えている。かたくなな老検事としてノヴァネルも渋いのだが、助
演のレオナールの父のドン・ディネス、少年の祖母役がいい味を出
す。ベルト・ボヴィである。
第二段階で話は核心に入る、殺人事件の真相だが、少年が父と対
立し、事件の真相を糺す、レオナールの老父やワレムと会って究明
する過程はスリリングさを増す。でもこの少年の行動、正義感は、
まず現実にはあり得そうもない不自然さに満ちている。私が一番、
釈然としない点である。聞いたことがないような話だ。少年役は
ジャック・シャバッソルだ。主演では知識人として優秀な頭脳を
持っていて、まだ処女のアンナの体を奪い、半生をアンナに捧げ
るワレム役のウォルブルックが後援である。エレオノラ・ロッシ・
ドラーゴは下唇が厚いという特徴の女優だが、どうも演技はしっく
りしない。ロバンソンは中年女性の執念を演じ、まずまず。、ジュ
ランは主役なれども演技はいまいち冴えない。そうはいッテモ、イ
タリア系女優ドラーゴの魅力はやはりこの映画のメインである。
映画全体では二組の不幸な父子が出現する。18年ぶりの出所の
我が子を迎える老父の運命は悲惨だ。また自らの姉を殺して、愛
人のレオナールに罪を着せて18年も刑務所に囚われの身にさせて、
アンナの無神経な冷酷ぶりも際立つ。
映画としてみれば、実は比類ない秀作だと思える。
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