節制しても超健康人になっても、やたら長生きなど出来ない。寿命はあくまで天命
最近、ふと読んだ稲垣足穂さん、あくまで一例としてだが
、1930年代には上京したが極度のアルコール中毒、ニコンチ
ン中毒で執筆不可能に、明石に帰郷、戦後は京都に、基本は
酒浸りで「一ヶ月に二回は危篤」だったというほど飲んで、
そんあ長い長い不摂生でも78歳まで生きられた。平均寿命以
下ではないかと云っても、あの長年の酒タバコ、また貧困で
ちり紙を天ぷらにして食べたという栄養不足、で78歳だから
十分以上の寿命だったと思う。最期は結腸癌もいたしかたな
い。あの内田百閒さんは小学生時代からタバコを吸っていて、
作家生活でも起きるのは午後、「早起きは身体に悪い」であ
あった、でも85歳だから、・・・・・小島政二郎さんは朝風呂
が健康法、まあ食通だった。100歳達成か、丹羽文雄さんは銀
座などで多彩過ぎる交際、酒と煙草だが、痴呆の極みが早かっ
たが、100歳を達成下、そこまで生きて迷惑だったかもしれず
娘の本田さんは身の回りの世話をして父親より遥かに早く亡く
なった。
ヨガ研究家のあの仙人的な藤本憲幸氏、本来の意味で節制し、
健康的な生活を送った人ではないが、・・・・・人生の快適
哲理の真髄を会得、ハイバランスで生きるコツ、を掴んだにし
ても冒険家的部分もあって負担が重かったのか70歳も達成でき
ず69歳で亡くなった。近藤理論の慶応医学部出の近藤先生も
73歳位だったか、医者の不養生はあるが、寿命はしょせん、理
屈ではないと感じる。
長生きしようとやたら節する人がいる、でも節制は健康とい
う快適のためであり、寿命などは本来備わった生命力の結果で
あり、生まれ持ったものでしかない。同一人が節制か、不養生
かでいうと節制のほうが寿命は長いだろうが、生命なんて与え
られたもの、サプリで超健康、はたしかに快適だ、健康を目指
すべき、だが寿命は最初から人間、99歳までなのである。100歳
生きても誤差の範囲内でしかない。
節制は大切だと思う、酒浸り、タバコがいいはずはない、飲
酒、過度な飲酒は著しく健康を害するのは事実、早死の危険が
高い、だから節制、健康的生活の心がけは絶対にいいことだ。
病気に苦しむのはつらい、・・・・・・だが健康を獲得しても
しょせん寿命は寿命、限られたものだ。
私などは早くから重篤な病気で70歳まで生きられたら、もう
恥だらけ人生でも、これぞ金メダルだろう。何歳まで生きるなん
て言える義理も道理もない。この一日を生きるのみだ腎炎はとに
かく食の注意に尽きる、相対的には不注意より長生きはできるが、
しょせんは一日一生でしかない。悔いなく健康に、そのための節
制だ、節制したからやたら長生きなど望むべくもない。天命であ
るから。だが同じ生きるなら人に善く接し、真実一路を貫きたい
ものである。
天寿を全うのためには節制が重要、それは尊い、だが節制しなく
ても長生き、その逆もある、がやはり節制を無視は早死が多いのも
紛れもない事実。謙虚さを失うことなく節制したいものである。
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