工藤会にも解散命令しない国が、「旧統一教会」に解散命令は本当に正しいのか?

  images (29).jpg
 無論、暴力団は国の許可を得て結成、結社しているわけで
はない。基本的に日本は思想信条の自由が保証され、結社の
自由も保証されている。宗教、信教の自由も保証されている。
私は戦前からの新聞などの報道の姿勢、なども顧みて日本は
宗教弾圧を喝采する精神的伝統があると言わざるを得ない。
日本の歴史は宗教弾圧の歴史である、中世からのキリシタン
弾圧、キリスト教弾圧は終戦まで継続した、反権力的な宗派
への武力弾圧、皆殺し、本願寺派への攻撃、仏教宗派の絡ん
だ反権力行動への信長軍の弾圧、天台寺焼き討ち、江戸時代
は仏教は完全に権力に二号化に堕して権力支配機構の末端を
受け持つ葬儀宗教となってしまった。それはまさしく徳川幕
府の意向に沿うものであった。維新後は明治政府の国家神道
の事実上の国家宗教化、伊勢神宮を利用し「近代天皇教」の
仮面としての神政国家に成り下がったといって過言ではない。
そこで明治維新後はあらゆる宗教、官製の国家神道以外の宗教
はすべて「国家神道を絶対的宗教」と認めた上でのみ、その
支配下において活動できるという制約の中にあった。

 内務省により「宗教団体法」で規制され、官製国家神道以外
は完全な警察の監視下におかれた。「宗教団体法」は「治安維
持法」と結びつき、日本のお家芸である宗教弾圧、抑圧の嵐は
吹き荒れた。宗教のカテゴリーのみならず、本質は「思想の
牢獄」と化してしまった日本であったことは否めない。別に
弾圧されたのは大本教だけではない、最も国家神道の教義にす
りよったとされた「ひとのみち教団」現在のPL教、が幹部の私
行を警察が口実として大弾圧を行った、実際は程度の差だけで
ほぼすべての新教団が弾圧され、既成の仏教は戦争協力に邁進、
江戸時代まではそれぞれの神の系列だけあった、神社の横の全
体的組織など存在しなかったが、維新後は神社、神道施設は完
全に国家統制され、官製国家神道、伊勢神宮依拠の近代天皇教
の「下部神社」として本来は自由なはずの神社が、伊勢神宮を
本宮とする国家神道の枠に組み込まれた。戦後はこれはなくな
ったはずだが戦後すぐに国家神道の枠組みのための「神道政治
連盟」などが結成されて戦前の宗教製作の継続を行っている。

 以上、わずかに日本の宗教弾圧の歴史を述べたが、確かに
戦後、宗教の名のもとにその特権を利用して営利行為、政治
行為を行う宗教団体、大小の違いはあるにせよ、数多く存在
するのは事実だ。だが「寄付金」の多額さで「統一教会」に
解散命令を行う、では「宗教団体」と認めない、特権を剥奪
だけでなく一般法人として宗教を信仰の統一教会としての
存続まで認めないというなら、暴力団、工藤会にも解散命令
を行わない国が行うべき筋合いではないだろう。

 寄付金を理由に宗教団体に解散命令と言うなら信者からの
寄付金で賄われる宗教団体は常に国の眼顔をうかがっていなけ
ればなるまい。別にいくら寄付金を取って問題ない、というわ
けでもないが、寄付の大小もしょせん信者の理由だ。家族の
金を勝手に、はまた別の問題である。なら昔から天理教はどう
だ、となる。国家神道にそぐわない神道系の天理教を潰すため
に寄付金をダシにしようと戦前の警察も考えたが、それはやら
なかった。なぜ?寄付は信者の自由だからだ、強制で寄付とい
うわけでないが、仮に強制なら出したくなければやめればいい
だけである。これぞ宗教活動、信仰の自由である。戦後、創価
学会の池田会長が「天理教を総攻撃せよ!家を売ってこい、田
んぼを売ってこい、もう泥棒です」とアジった。換言すれば、
寄付は私的存在である宗教を存立させる最重要要素であり、国
が介入スべき事案ではなく、寄付金絡みで国が宗教団体に「
解散命令」はおよそ民主国家のやることではない、わけだ。

 統一教会は古来、日本で激しく批判されてきた、ついに、こ
こぞとばかりの日テレなどの攻撃だが、それに同調した国の動
気は戦前の二の舞いだろう。統一教会、別に旧統一教会などと
言う必要はない、統一教会でいい、世界的な活動だから日本の
解散命令で基本影響を受けるものではない。何よりも反共団体、
子歴は北朝鮮と対峙という韓国の立場がある、したがって反共
の点で長く保守党政治家とも関係が深い、そこで岸信介である。
大学においては「原理研」これが生長の家系右翼学生組織と
組んで大学から左翼学生を叩き出したという歴史もあり、また
生長の家系、右翼学生団体、日青協からも多くの自民党議員が
生まれ、閣僚にもなっている。日青協が「日本会議」に既存の
右翼団体を取りまとめた、わけで、とりもなおさず統一教会も
日本の国家構造におおいに入り込んできたわけである。だが、こ
れ自体を違法視もできないのである。

 確かに統一教会は日本のメディア流に云えば特別悪い!団体
ということだろうが、結果、他のすべての宗教団体が実は深刻
な影響を半永久的に受けかねない、ということである。国家の
開催命令の行使は慎重すぎるべきだ、だって工藤会にもやらな
いのである。小池百合子に続く「空気を読む」人間となった岸
田賀低迷の支持率向上のため、の一手だろうが、不見識の極み
と考える。

この記事へのコメント