松本清張『北一輝論』北一輝の虚像を剥ぐ!著書は全て盗作!本職は恐喝!徹底した実生活調査の労作

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 北一輝ほど実は虚像につつまれた、異常な高評価の人間は
いない、というのがこの松本清張著『北一輝論』の趣旨であ
る。端的に言うなら「児玉誉士夫」レベルだったということ
だ、しかし北一輝の評価は宗教の粋にまで到達している。岸
信介も実際に面会し、その異様な形相からの熱情にまいった、
という。・・・・だが、それらは演技を超えるものではない、
というのだ。

 最後はニ・ニ六の黒幕として処刑された、という悲劇的な
最期もその虚像の形成に大きな役割を果たした。

 北一輝は「国体論及び純正社会主義」を24歳で出版した。
即座に発禁処分で警察の監視人物となったが、河上肇、片山潜、
福田徳三などの賛辞を浴びた。あの時代、国家神道の圧倒的支
配の時代、天皇制の分析は人々を驚愕させた。表面的には国家
社会主義者としての圧倒的なユニークさ、やがて中国革命に加
わって「支那革命史」を書き、「日本改造法案大綱」で国家社
会主義者として青年将校たちに大きな影響を与えたというが。
この日本人思想家としての隔絶した希少さ、独自性が政治研究
家たちに戦後、大きく注目を浴び、すさまじい神秘性を帯びた
天才的政治思想家として比類ない高い評価を受けてきたわけで
ある。基本、それは今も変わらない気がする。なぜならこの
松本清張の本もあまり読まれていないからである。

 松本清張は実生活の徹底調査により、全て虚像であると断言
している。

 なら例えば晩年の北一輝の生活だ、一方で青年将校を扇動し、
他方で彼らを抑えることで三井財閥の池田成彬から年で二万円
を引き出していたという。女中を四人,書生が一人、下男一人、
運転手一人を雇っていた。給料支払いを考えると一月二千円の
家計である。当時の銀行員でも月百円なら十分な給与だった。

 北一輝の実態は事件屋として、恐喝常習者として多くの事件
に介入し、金をせしめ、団琢磨が殺害された三井につけ入った
のだった。青年将校の主張が昭和維新の断行、財閥批判である
ことを恐喝に利用したという。

 本当にそうかな?とつい思ってしまう、思いたいというのは
北一輝を自己の信念に殉じた純粋な人物という期待の籠もった
思い込みからだろう。要は表向きはさておいても、実態は例え
ば児玉誉士夫のような人物だった、その原型だったというのだ。
青年将校たちも北一輝を見抜いて見捨てる。その結果がニ・ニ
六だ。北はだからニ・ニ六に特に関係もないが、結果は、責任
を押し付けられた。

 このような実態を知らずに天才的、独創的な天皇機関説論、
財閥批判、社会主義的外観で高評価の限りの戦後の研究者たち
に警告を与える本という事だ

 早稲田の聴講生だった北一輝が書いて世間を驚嘆させた「
国体論及び純正社会主義」は実は竹越与三郎に『二千五百年史』
と丘浅次郎の「進化論講話」の引き写しだという。

 この本が正しいのかどうか、判断は容易ではない。

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