陳舜臣さんの偉大なる文学的業績を顧みる、来年(2024年)が生誕百年


 陳舜臣さん、1924~2015,神戸出身、現在の市神港をでて
大阪外国語学校、印度科に、多分ペルシャ語も印度語科に含ん
でいたようでインド語、つまるところヒンディー語とペルシャ
語を学ばれたという。大きな声では言えないが、私も大阪外語
のインド語科に在籍の事実がある。同じインド語科で大輪の花
を咲かせた陳舜臣さん一学年したに蒙古語科の司馬遼太郎さん
、お二人は学生時代からの友人で生涯の友人でもあった。また
赤尾兜子さんも一学年下だったそうだ。なお神港は統合閉校し
ている。

 さて、陳舜臣さんの文学的業績は到底、単純に語り尽くせる
ものではない。『枯草の根』で第七回江戸川乱歩賞を受賞、
1961年のことだ。この作品では拳法の名人で、漢方医、また
中華料理店も営む陶展文という素人探偵が活躍する。陶展文は
明快な推理を働かせ、事件を解明していく。

 『枯草の根』の魅力は推理そのものより、神戸に棲む中国人
の生活、生態を悠揚迫らない筆致で描いている点にあるのでは
ないか。

 陳舜臣は推理小説を書く時、つねに経学、つまり古典解釈の
手法に自分を置くと述べたことがある。絶対視されている古典、
聖典も必ず矛盾を含んでいる。後代の経学者は必死でそれは矛
盾でないと論証しようとするが、推理小説も矛盾を消していくと
いう点で、経学と類似しているというのだ。これは推理小説から
中国歴史もの、長い日中の交流史にまで及ぶ陳舜臣の方法論とい
うべきだろう。

 全集は1985年辺りから講談社が全27巻で『陳舜臣全集』の刊行
開始、無論、完結している。乱歩賞に続いて1969年に『青玉獅子
香炉』で直木賞、1970年には『玉嶺よふたたび』と『孔雀の道』
で推理作家協会賞、社会派的推理小説作家として評価を確立した。
その間に『阿片戦争』全3巻、中国近代史をテーマに『太平天国』
、『江は流れず」、さらに『小説十八史略』、『秘本三国志』。
また『残糸の曲』、『桃花流水』で日中の関係、交流にも取り組ん
だ。中国史を基盤として広大な歴史を書き続けた。

 中国は何より歴史を重んじる国だ、歴史こそは人の世を写す鏡で
ある。現在から将来をどう生きるか、明日に向かう根底にある指針
が歴史だ。陳舜臣もこれを受け継いでいる。『小説十八史略』は
曾先之の『十八史略』をなぞったものではなく、中国の神話時代か
ら宋がモンゴル軍に滅ぼされるまで、数千年の歴史を小説化した長
編である。陳舜臣さんが『十八史略』を「危機感の生んだ著作」と
言ったが、実際、『小説十八史略』に託した思いもそうだろう。つ
ねに陳舜臣さんは危機感にかられていた、日本に生まれ育ち、生涯
、神戸に住んだ中国人ならではの危機感である。

 
 1973年6月、雑誌『噂』の噂賞の記念パーティーでの陳舜臣さん

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