井上光晴『虚構のクレーン』1960,戦争末期の日本の汚点を綿密に描写、記録的価値が高い

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 発表時期は1960年、昭和35年である。時代背景は戦局はま
さに末期的症状、断末魔の日本である。B29による本土空襲
も本格化、焼け出された空襲難民をスシヅメにして、鈍牛の
ように東海道を九州に向かう列車のなから始まる。

 主人公の名前は仲代庫男、だが空襲難民、焼け出された一人
でその列車にいた。まだ燃えている空襲跡を通ったり、関門海
峡で空襲を受けたりしたが、何とか門司まで辿り着いた。その
車中の光景を詳細に細密画のように当時の体験から描いている
のは歴史的な記録として、この作品全体に言えるが歴史的な記
録という意味で実に意義がある。

 井上光晴作だから舞台は佐世保に移る。仲代はそこで少年時
代の仲間たちと出会うが、皆、末期的な戦時下の歪みに押しつ
ぶされそうな気配だ。

 例えば津川工治の兄は海軍に取らて、妻に男ができたことを
知って自殺未遂をしたり、そのため隊内においてリンチを受け、
発狂、廃人同様になっていた。また海軍の徴用に出ている姉も
上役の男に体を求めらている。かと思えば女子挺身隊の隊員を
まんまと誘い出し、うまくやったりしている奴とか、なんの目
的かわからないが、せっせとコンサイス英和を買い込んでいる
鹿島明彦などもいる。

 仲代は戸島炭鉱の技能養成所の臨時の教官になった。たま
たま朝鮮半島から徴用された朝鮮人労務者の間に反戦怪文書
が広まった。「朝鮮人たちよ、もう少し待てまお前たちの天
下になる、今は我慢だ」と。仲代が心を砕いている半島出身
の少年、朴本準沢少年に嫌疑がかかり、自白したとかで半島
出身者から自殺者もでたり、仲代も睨まれる。

 長崎に原爆投下、ソ連参戦、終戦、アメリカ軍の上陸、日
本人のこの場に及んでの醜態、一方早くも共産主義研究会も
生まれていた。・・・・・で物語は終わるのだが、まずは
主人公は作者の分身と云うべきだろう。仲代は炭鉱町の貧困
家庭に生まれ、検定試験に受かって旧制七高に受かる。だが
右翼国粋主義団体にはいって退学、東京の私立大学に入った。
当時の支配的な右翼国粋主義思想にch可づきながら、根底に
あるヒューマのズムを捨てきれなかった。そのような青年が
悪夢のような時代をいかに生き抜いて旧権力の崩壊、「いか
にして天皇制打倒が出来るか」という啓示を受けるまでの、
いわば精神史だろうか。この頃、井上光晴は新日本文学会
会員だった。

 小説の中ではコンサイス英和を買い込む鹿島という人物に
かなり切り込んでいるようだ、終戦後は物資の盗み出しにの
首謀者になる。だが共産主義研究会が出来ると最初に顔を出
す。あるいは作者の一部分の分身?とも思える。

 さりながら、この小説の真の意義はあの時代の精密描写に
よる記録的価値ではないのか。朝鮮人徴用工の実態の描写、
戸島炭鉱での徴用工の生活の詳細な表現、戦前の日本の失態、
恥部を見事の記録している。日本人としてはいかに不快に感
じようと事実は事実ということだ。目を背けてはならない。

 井上光晴は「戦争と天皇制は私にとって何であるのか、ど
ういう傷痕を残したのか、それがこの小説のテーマだ」とい
う。だがそれも不十分なまま終わったとしか思えない。

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