川端康成『再婚者』角川文庫、人を破滅に導く狂気もいつかは静まる、『掌の小説』の延長のようだ
これは川端康成の戦後間もない時期に書かれたとされる短
編を集めた本、今は古書で最初は1953年、昭和28年に三笠書
房から刊行され、その後、「角川文庫」として出版されてい
た、それも遥かまえに絶版となって、現在は『再婚者』が収
録された「講談社文芸文庫」がある。
・・・・・・川端康成の小説の原風景は私は『掌の小説』
だと思う。どれも冷たさを感じる、孤独さを感じる。それは
ありきたりの表現だが、基本、川端は短編作家だと思う。長
編の構成力は欠けている。その意味でこの短編集は最も川端
らしい。
人の心に深く、意思されないまま眠っているような、いわ
ば潜在的な感情、それがふと意識の表面に出たらどうなるのか
、・・・・・『再婚者』は、・・・・・未亡人と結婚したとい
うある男が「過去を嫉妬しないとか、過去に拘泥しないとかよ
りも、妻に前の夫がはいっているとすれば、それも、もろとも
抱き取ればよいというように、おおざっぱなごまかしで過ごし
いた」というのだが、妻と前の夫の間に生まれ、妻の実家に残
されている娘が結婚する間際になって、男は妙に妻の過去に悩
むことになる。
自分への妻の愛情には疑いは持たないが、妻の愛情の表し方、
そこに妻の前の夫の影響めいたもの、残していったものを感じ
ないわけにはいかない、猜疑心である。この疑念は、妻という
もののさらに向う側にある人間そのものを究めないと、おさま
るような疑惑ではないだろう。とって、かりに究めてもそれで
終わりとは行きそうにはない。
だが、男はそこまでは疑わない、「狂気と破滅に至らぬため
には、人間のすべてのいとなみのように限度がありそう」と思
えるからだ。妻の娘が新婚旅行に旅立った後に、男の心の動揺
も「これで先ずは静まったよう」と感じられて終わるのが「再
婚者』である。
私は、これはショートショートの『掌の小説』のまさしく、
延長線上、多少の拡大版という作品だと思える。同じ川端康成
なのだから当然だろうが、何も解決するわけではない。
基本、川端の短編は『掌の小説』とコンセプトが変わらない。
人間を狂気、破滅に導きかねない狂気めいたものを題材としな
がらも、最終的に人を狂気、破滅に追いやらないのだ。同時に
なにか、端緒が見出されるわけでもない。つまり、狂気や破滅
に強いて人の本質を探ろうとはしない。狂気、破滅の危うさを
覗きつつ、狼狽もし、だが徐々に平静に戻るのだ。狂気、破滅
よりどこかに「生きることの意味」を見出すというのかどうか。
狂気、破滅も一時的な心の動揺でしかない、それはそれで人の
哀れさだろうか。だが最後は川端自身、自ら命を断った。破滅
を回避しながらも、実は破滅に向かいつつある、・・・・・
その予感に怯えていた川端なのだろうか。
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