室生朝子『母そはの母』1960,娘から見た夫婦愛物語

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 室生朝子さん、1923~2002,あの室生犀星の娘さんで随筆
家としてよく知られていた。『杏っ子』の中の主人公である。
幸田露伴の娘の幸田文さん、森鴎外の娘の森茉莉さん、萩原
朔太郎の娘の萩原葉子さん、・・・などと超著名作家の娘で
ある。世の人の敬愛を集める親を持つ人は幸福だと思う。そ
の真逆のケースが往々にしてあるからだ。と思わず愚痴が出
てしまうが、・・・・・・室生朝子さんの母親、つまり室生
犀星夫人は朝子さんが女学校三年の時、脳梗塞で倒れ、1959
年に他界するまで長く病床にあった。本書はその母について
、病床にあった母についての思い出を綴った随筆を集めたも
のである。

 朝子さんの母親は「お母様(自分を指して)ほど、幸せな
女はいません。お父様がとても優しい人だから」と日常よく
云っていたという。室生犀星という人、病床の妻へ尽くす配
慮、誠実さはもう文句のつけようがないほどであって、妻も
またその優しさ、誠意に心から感謝して、満ち足りた穏やか
な病床の生活であり、そこから家事の指図、娘の養育も行い、
好きな俳句を作ったり、文章を書いたり、という母の日常が
愛情を込めて、まことにしっとりと書かれている。

 つまりこの本は母を語りながら、娘の及ばない深い深い愛
で母を愛している父である室生犀星の姿を自ずから浮かび上
がらせており、その父親に娘として思慕の情を寄せる朝子さ
んの情感がにじみ出た、善意に満ちた本であると思う。

 22年の年月の間、朝子さんは結婚し、しかし別れてまた
実家に戻っている。その間の精神の移り変わり、成長もま
た微妙な味わいを文章に与えている。やはり室生犀星の娘、
血は争えないとおもわせるものがある。

 滋味深い文章というと、口で褒めているだけのように思わ
れかねないが、実際、どの文章にも心がこもっている。

 「不思議と母親の味とか料理法というものを、娘は教えら
れなくとも知らぬ間に覚え、そhして身につけてしまう」

 猫を限りなく愛した母と「母が文字通り、寝たきりで起き
られなくなった頃から、極度に母を嫌い出した」猫について
書いた随筆『母と猫』、

 また母がなくなってからの哀しみ、寂しさを述べた文章は
どれもいいと思う、心にしみるが、我が家の庭に父と一緒に
母の墓を作ることを述べた文章はさり気なく深い。「私には
、父の哀しみの底の方には、いかにしても、そこまでは、食
いこんではいけないのだ」

 母を語って夫婦愛を描いている。幸福な家庭だと思う。

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