芝木好子『湯葉・隅田川』、明治から昭和の下町の商家の生活風俗を描き切る

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 後年、他の作品も収録して講談社文芸文庫から出されたが
最初は『湯葉』、『隅田川』の二作品収録の単行本として刊
行されている。収録作品を多数にするという思惑もなく、じ
っっくり描きこんだ、非常に力のこもった中編を二つに絞っ
て収録していた単行本である。東京生まれ、東京育ち、しか
も下町育ちの作者らしい作品である。Kindle Unlimitedもあ
る。

 『湯葉』舞台は神田須田町、今は殺伐たる街に見受けられ
るが、戦前は下町らしい雰囲気があった。明治の末まで、「
ゆば」を専門に商っていた美濃屋、という店がまさに舞台で
ある。この店に没落士族の娘であるまだ13歳の蕗(拭き)である。
養女として貰われてきたものである。これがスタートとなる。

 武家的な家から商家という激変でまごつくことが多く、また
養女への意地悪い扱いにも悩み抜きながら、小柄で引き締まっ
た少女はきびきび働き、養家に溶け込もうと必死になる。元来
が生真面目で働き者の彼女は、むしろ商家の生活は適していた
わけである。このかいがいしく働く様子は実によく描けている。

 ほのかな恋心をいだいた職人もいたが、養家の息子と結婚さ
せられる。若い頃からわがままに育てられた息子には早くから
妾がいた。商売にも不熱心で夫婦仲は悪い。養父も亡くなった
のちに、店の一切の負担が蕗にのしかかった、息子は商売を嫌
い、やりたくないという。不幸の数には不足はない、たまに幸
せを味わうのは、たまの芝居見物しかない。

 芝木好子は静かな筆致で描ききっているが、控えめに過ぎる
感じで、何故作品化した、という疑問も多少は残るかもしれな
い。あの時代の下町の雰囲気を、生活感をよく描いているのは、
ひとえに作者が下町を愛する故であろう。それが『洲崎パラダ
イス』にもなるのであるから。『隅田川』は時代が昭和初期に
移るが、浅草の高級呉服店が舞台である。

 ただ非常に控え目な点は両作品に共通で、身近な舞台のテー
マというので逆にこれがマイナスに働いたのかも、とおもわせ
る面は否定できない。下町の伝統ある商家、最も作者が書きた
い素材だったのかもしれない。生活風俗は見事に再現されてい
ると思える。ただ、もうひとつ、ひねりが欲しい、というと通
俗的だろうか。

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