ジョン・ファウルズ『魔術師』小笠原豊樹訳、「モンテ・クリスト伯」を擬した巧妙な「哲学小説」か
「魔術師」といえば日本では谷崎潤一郎にその作品名がある。
しかしイギリス人、ジョン・ファウルズ John Fowles ,1926~
2005の「魔術師」The Magus は谷崎とは格の違う小説である。
ファウルズはイギリス、エセックス州の出身、オックスフォー
ド大卒、「フランス大尉の女」などの作品もある。
「魔術師」は、・・・ニコラス・アーフはイギリス中流階級
の一人息子で、オックスフォード大出身、ここらは作者と基本
は同じだ。詩を書いている、色男だ、身寄りはない、両親は飛
行機事故で亡くなっている。その遺産もわずかで、ニコラスは
職を探すうちにオーストラリアの娘、客室乗務員のアリスンと
知り合って、関わり、挙げ句に彼女を捨ててギリシャのとある
島の英語教師となって赴任する。
この地で彼は大戦時、ナチスに協力したという噂も高い教養
もある資産家、コンヒスの邸宅に招かれ、この謎めいた孤独な
老人に何やら教育を受け、同時に散々にコケにされる。コンヒ
スはボナール、モジリアニのコレクターであり、ハープシコー
ドも弾く、という音楽趣味がある。が何よりも哲学に造詣が深
いようで、ニコラスに自由の哲学を教える。また資産にものを
いわせ、多数の俳優を使ってサディスティックな遊びに耽る、
その対象がニコラスだ。
コンヒスはドイツから十数名の男性俳優を集め、ドイツ軍の
将校の扮装をさせ、夜の闇の中でこの英語教師狩りをやらせる。
さらにイギリスから双生児の美女を招いて誘惑させる。
なぜこのようなこをやるのか、である。演劇理論の実践のよ
うでもある。演出家と俳優だけがいるからイギリスへの報復か
もしれない、この資産家ギリシャ人はかってイギリスで音楽教
師をやって大いなる屈辱を味わった。イギリス娘と婚約し、体
面上、兵役に志願したが逃亡してしまった。
だから、なのだが、要はこの資産家の贅沢三昧の遊びでしか
なく、それが一種の実存主義的自由につながるということかも
しれない。というのかどうか。表向きは資産家老人が青春時代、
イギリスで味わった苦渋と屈辱の仕返し、ということだろうが、
大デュマがある歴史家に代作させた『モンテ・クリスト伯』を
想起させるかもしれない。ファウルズはどこか『モンテ・クリ
スト伯』に似せて、その裏に哲学的テーマを仕込むとしたのだ
ろう、その道具立てもすごい、というか念入り、身寄りがない
イギリスの若者、トップ大学を出ている英語教師、ギリシアの
ある島、孤独な世間と隔絶した老人、ドイツ協力の噂もある
あたかも「モンテ・クリスト伯」などが偽りの仮面、陰謀や裏
切り、偽造された手紙の数々、と小説の技法はあきれるほど巧
みだろう、その奥底に潜む哲学的テーマ、・・・・だがちょっと
日本の小説を読むのとわけが違う、その道具立てに違和感を感じ
ないほどに西欧的教養が要求される。『モンテ・クリスト伯』の
ような代作ではない。
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