小川国夫『試みの岸』三部作、自らの体験を軸に人生の冷厳な断面を描く

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 まず小川国夫1927~2008,この平凡な名前の作家、嶄然と
多くの文学賞に輝いているが実はいまいち知名度はさほど高
いとは思えない。名前が平凡で作品は非常に文学性高く冷厳
でもあり、非常に熱狂的とも思える読者を持つが、その数は
少なさそうだ。

 代表作としてまず『試みの岸』が挙げられる。実は小川国
夫の最初の長編小説の試みであり、読者は少ないと思えるが、
非常な力作だ。といって長編と云うより、中編小説の三部作
というべきだろう。その三部作は「試みの岸」、「黒馬に新
しい日を」、「静南村」の三つの物語かならなる。

 そにずれも昭和10年代の、場所は静岡県の沿岸部、この静
岡県という場所が小川文学の基本的モチーフでもある。登場
人物は相互に関連があり、最初の「試みの岸」は満州事変で
耳の付け根を負傷した法月十吉が主人公で男やもめである。
次の「黒馬に新しい日を」はその甥である農学校の三年生の
与一がほぼ主人公的で、「静南村」では与一の従姉と思われ
る佐枝を中心に語られる。静岡を舞台に作者には懐かしき地
方の歴史を綴りながら、実は死と暴力にさいなまれる人々の
世界を考えるものだろう。
 
 法月十吉は難破船を入札し、大儲けを企てるが、入札はう
まくいったが、金属部品を盗まれて大損をする。彼は「光り
物」を盗んだ「浜の衆」を辿っていき、二人の人間を殺して
しまう。こういう暴力的な場面の描写は迫力に富んでいるが、
風景描写と一体というのか、見事なものだ。

 人間の平和な生活と穏やかな情感も凶暴な現実と隣り合わ
せという冷酷な真実をよく見抜いていると思う。肺病で死ぬ
与一少年が黒馬に変身というカフカもどきの変身譚も印象的
だ。

 ただ多くの読者を獲得するには何か、欠けている作家でも
ある。、と言わざるを得ない。

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