真継伸彦『鮫』1964,応仁の乱が初めて小説となったが、労作の一語に尽きる

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 端的に云うならば、応仁の乱を正面から取り上げた最初の
小説と云えなくもない。主人公は越前国の「非人部落」に生
まれた、兄と二人で鮫を獲って暮らしていたので、「鮫」と
村人から呼ばれていた男である。その男が想念のうちに見玉
尼〔けんぎょくあま〕を呼び出して、語りかけ、またおのれ
の過去と現在を問い続ける。

 兄がサメに食われてからは、京都に出る。応仁の乱が始まっ
ていて、京の都は散々な焼け野原である。この主人公は名前を
勝手に疾風と名乗って盗賊に加わる。鮫が群れをなして泳ぐよ
うに荒らし回った。勇猛という評判の武将の陣地に出入りを何
度も繰り返し、いつも勝ち戦の側についた。また大きな屋敷に
盗みに入った、憎悪、猜疑心、呪い、また獲物にありついたと
きの下卑た笑い、まともな感情は欠落していた。感謝も恥も
何もなかった。

 やがて見玉尼との出会いとなる。その心にふれて改悛もする
のだが、あらすじなど意味はさほどないと思える。とにかく、
応仁の乱に真正面から堂々と取り組んでの小説化は初めてでは、
とされる作品なのだ。内藤湖南のように「日本の歴史は応仁の
乱以降だけを学べばいい。それ以前は学ぶ必要はない、という
ほど重要な応仁の乱だが、意外以上に取り上げる作家がいなか
ったようだ。その虚無に生きる非人の生まれの男を主人公とし、
人間を問い詰めるという、非常な現代性と文学性に富んだ小説
だと思う。

 真の主人公は作者の「思想」であり、展開はその格闘である。
それが歴史の中で真実在となっている。大した小説だと思う。

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