榊山潤『馬込文士村』1971,元編集者の回想記、プライバシーにも切り込む

東京には結局、縁がなく終わった私だから「馬込」といって
ピンとこない、今では「大田区」である。大森と蒲田から一字
とっての大田区である。元編集者の回想録でかなり個人的な
事情にも切り込んでいる。
和田芳恵、野口冨士男、楢崎勤などの文壇史を思いつく。
浅見淵も確かにそうだ。そのような人たちが実際に見聞し、親
交もあった文士たち、大正から昭和にかけてに回想録は、非常
の興味深く裏面史r的な意味合いで貴重なものである。単に活字
だけからではなく、別の面の活き活きした生活が浮かんでくる
ものだ。端的に言うなら足で掴み得た事実の強みというべきだ
ろうか
榊山順は自身は編集から出発、作家にもなって優れた作品を
ものにしている。その『馬込文士村』」だが、いかにも事情に
通じた元編集者の内容豊かな、というしかない文壇回想録であ
る。ただし大きな特徴ではないかと思えるのは、文士たちのプ
ライバシーにも容赦なく斬り込んでいることである。他の元編
の回想記、元「新潮」編集長の楢崎勤もこの点では及ばないと
思われる。
榊山潤はだから自分自身のプライバシーも迷わず披露し、離婚
の顛末なども述べている。
本書の扱う時期は昭和初期を中心tのした当時は荏原郡馬込村
に住み着いた文士たちの生態を、「時事新報」の学芸部記者だっ
た榊山が述べたものである。
主役はと云うと尾崎士郎、宇野千代、当時の夫妻、だが、萩原
朔太郎、吉田甲子太郎、室伏隆信らの多数の文士が登場している。
最も面白いのは馬込の住人ではないが、徳田秋声を中心とする「
仮装人物」のモデル、山田順子、「縮図」のモデル拓植そよ、を
描いた部分、三上於菟吉と藤沢清造を描いた章だろうか。徳田秋
声と山田順子の恋愛騒動を批判した堀真琴の言葉も峻烈だ。
いたって無邪気な話題も多く、「改造」編集長の秋田忠義が理
由不明の夜逃げをした事件、持ち家だった。空き家となった秋田
の家に地主の植木屋が入居者を募集したが希望者はいなかった、
とか。藤沢清造の餓死の顛末、鉄道自殺したプロレタリア作家の
山本勝治の自殺の原因、佐藤春夫の代作問題、なかなかのトクダ
ネ的な話題である。
芥川自殺の文壇を超えた社会への衝撃の大きさ、雑音だらけの
三島割腹よりは非常に文学的である。内容が面白すぎて、ホント?
という感想もあるかもしれないが、優れものの本である。
この記事へのコメント