生松敬三『人間への問いと現代、ーナチズム前夜の思想史』黄金の1920年代の思想を俯瞰


 思想史的には「黄金の1920年代」という、が私はそれが「
不吉な2020年代」にそのまま通じると思える。なにも新しい
ことは見いだせない、風力発電を最初に手掛けたのはナチス
だった、EVはエンジン車より古い、ユダヤ人憎悪も1920年代
から2020年代にいたって復活の気配だ、環境ファシズムとも
云える狂信が荒れ狂っている、・・・・・現代の知的源泉と
されるのが1920年代なのであるという。それは世界史の激動、
分岐点でもあった。ナチス台頭前夜である。現代思想のルツ
ボトも云われる。なぜなら現代の思想は全てこの時期、出尽
くしているからである。人類はしょせん、堂々巡りの繰り返
し以外にはない、のだろう。

 1984年に56歳で亡くなった生松敬三の概観的な内容である。
「西洋の没落」シュペングラー、フロイト、「環世界」論の
ユクスキュル、「ルサンチマン」の社会哲学者、シェーラー、
「シンボル」の哲学者カッシーラー、西欧マルクス主義者ル
カーチなど、あまり私もよく知らない、という無知を恥じる
読書である。

 シュペングラーは西洋文明を夢幻の空間のうちに意志的な
追求を続ける「ファウスト」的なもの見出し、西洋中心主義
からのコペルニクス的転回こそが急務と主張した。その「西
洋の没落」は第一次大戦のドイツ帝国敗戦が決定的となる直
前に刊行され、大ベストセラーとなった。シュペングラーへ
の熱狂も戦後は消滅しているが、今こそ、あるいは必要な思
想かもしれない。

 ユクスキュルの「環世界」論、あるいは環境世界論ともい
われるが、非常に知的な魅力に満ちている。あらゆる生物に
同一なものはなく、「ハエの世界はただハエだけのもの」と
いう主張は実は生態系の概念のパイオニアだったとされる。

 Jakob Johann Baron von Uexkül

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 カッシーラーの「シンボル形式」はゲーテへの関心と結び
つき、占星学、魔術、民俗学、美術、宗教の書籍を収集して
いたワールブルク研究所との遭遇がその発端であるという。

 終章でナチズムの生成とワイマール共和国の終焉が述べら
れている。1920年代の百花繚乱も1933年に全て中断されてし
まうわけである。

 太陽の下に新しきことなし、とは云うが実際、そのとおり
だろう。短い寿命で世代交代を繰り返すしかない人類もまさ
しく愚行の堂々巡りを行っているに過ぎないわけである。
その感をつよめるばかりの現代である。

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