安岡章太郎『幕が下りてから』劣等生、病気の心情を挿絵画家に変えて叙述

 
 時代を昭和31年、か32年、1957,58年に設定だから1920年
生まれの作者、安岡さんは37歳くらいだ。だからこの小説は
その頃、主人公は37歳である。小説家ではなく、挿絵画家との
設定である。で数年前に在野の美術展に出品、新人賞を授与さ
れる。これは安岡さんが終戦後から何度も芥川賞候補となって、
1953年に芥川賞を受賞したことに対応したものだろう。

 終戦の一ヶ月前に主人公は胸部疾患で兵役免除となり、埼玉
県のK町の家に、前後、7年ほど住み着いた。その家は伯父の
別荘であり、いわば留守番役みたいに母親と二人で暮らしてい
たのだが、外地の司政官だった父親が復員してから本格的な筍
生活が始まった。

 で結局、家主には無断で離れを画家に貸すことになる。

 元来、絵心もあった主人公はこの画家の手引もあって、養生し、
病を養う傍ら絵の勉強もするようになって、たまたま新人賞をも
らった。かくして挿絵画家として自立できるようになった。

 真に挿絵画家になる間の7年間の親子三人の筍生活、挿絵画家
として認められた5年ほどの結婚生活戸がそれぞれ大過去、小過
去として現在から回想されるという仕組みなのだ。

 だからこの小説での現在とは刊行された1967年当時ではなく、
1957年ころとなるようだ。なぜこの時点を「現在」として選んだ
のか、どうもそこに劣等感の強さを感じてならない。

 で重要なthemeは離れを貸している、その借り主の先輩画家の
妻と主人公とのいい関係なのだが、現在時点でその情事が復活し
ている。でも読者に主人公と作者を混同されたくないと思ったの
か、もう十年前のことだ、と念を押しているのだろう。
 
 大過去の先輩カ家の妻との情事と並び、小過去での両親と主人
公の妻とのいざこざがまた大きなテーマである。主人公が新人賞
を得た前後に両親は故郷に疎開し、そこの精神病院で母は惨めに
死んで(私の母と同じだ)、父親と主人公夫婦は東京で一緒に暮
らすようになるが、うまくいかず、父だけ故郷に戻る。その骨肉
の微妙なアヤがまたテーマである。

 急にマスコミの寵児となる、のも著者の経験の反映だが、そこ
にいたる心理の推移、状況変化をうまくかき分けている、そこが
また面白い。



   坂口安吾と

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