『ノモンハン空戦記、ーソ連将校の回想』弘文堂、一将校ながら日本の軍人と格が違う深い歴史認識と洞察

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 ノモンハン事件は1939年5月から3か月間の日本とソ連の
局地戦だったが、日本陸軍の大敗とされるが、最近は「い
や、日本陸軍もかなり勝っていた」式な愛国的!記述が目立
つ。しかし実態はやはり日本は惨敗に近かった。要は単純に
勝った負けただけでは、ことの本質は言い尽くせないのであ
る。
 
 この本は当時、ソ連空軍将校として実戦に参加したその記
録である。なお古書で入手は容易だ。弘文堂から刊行された。

 「陸戦では惨敗したが空戦は優位に戦った」これぐらいが
日本人に伝わる情報でこのスタンスの記述が多い。本書は単
に空戦記にとどまらず、実はそれ以上、ノモンハンの持つ歴
史的意味を一将校がかくも深く洞察している、日本の将校で
はまずみられないことと云って過言でもない。

 本書に日本人の記述の「ノモンハン戦史」が収録されてい
る。訳者の林克也によるのだが、それによると事件の発端は
日本陸軍上層部の一種の火遊びであるが、逆にソ連側は、こ
れを最初からヒトラーのソ連侵攻に呼応する日本の戦略的攻
撃だったと認識していた、わけである。当時、ソ連は米英も
ヒトラーの侵略を黙認すると判断していたことも、本書の内
容、ソ連軍医の話で推測されるという。

 ノモンハン事件をどう見るか、単に偶発的な局地戦と見る
か、その意味の解釈はさまざまでも、ソ連軍への「実力偵察」
という目的はあっても、一個師団くらいの壊滅は仕方がない、
という考えが日本陸軍上層部にはあったのは否めない。

 この甘い考えがノモンハン事件に限らずその後の対米戦争
でも継続された、ということに真実がある、事が重要だろう。

 とりあえずソ連空軍パイロットの戦記であり、パイロットの
心理の探求、墜落したパイロット同士の地上での一騎打ちなど
包み隠さず描いているし、空戦での途中までの形勢不利も正直
に述べている。だがこの事件の最中に、ドイツがポーランドに
侵攻、イギリスとフランスが宣戦布告したことを知って、

 「ハルハ河の紛争は単に局地戦ではなく、ソ連に対して世界
の帝国主義者たちが企図した戦争準備の重要な段階だった。そ
れはどこまでも戦略的な威力偵察であったわけだ」

 と一将校が認識していたこと、当時のと云うより、対戦を通
じての日本の軍人の歴史認識の底の浅さと対比してその隔絶し
た思考のレベルの差は最後まで変わることがなかった、と言わ
ざるを得ないだろう。単に勝った負けたの戦記で終わっていな
いのである。

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