保阪正康『東條英機と天皇の時代』ちくま文庫、東條と昭和天皇の関わりを中心に日本近代史の本質を射抜く

およそ東條英機について何か書いた本は多いが、これは
、どう考えても日本人が東條英機について書いた最初の、本
格的な評伝であろう。日本の近代政治史でもまさしく唾棄す
べき、と申し上げるしかない狭量な矮小なエゴな人間である
東條英機、戦後遥かに生まれた若い人は、「歴史家はそうい
うが実は意外に結構立派な人間だったのでは?」と、とんで
もない誤解が右翼的風潮から生まれているのも否定できない。
石原莞爾が東條を「上等兵くらいの人間」と言い放ったのは
図星である。調べれば調べるほど、器量の小さな神経質な官
僚的な軍人だろう、隠された功績も才能などあるはずはない。
だがそれならば、なぜ、そんなつまらぬ人間がのし上がっ
て日本国民をあのような運命に陥れたのか、無論、東條一人
の責任ではないにせよ、責任はあまりに重大だ。ちなみに、
いまなおアメリカでは東條の不人気は大変なものだ。
東條のような人物がなぜ日本の最高指導者となったのか、数
えきれない人々を死地に追いやった決定を行い続けた、のか、
「竹槍では戦えぬ」と書いた新聞記者を懲罰召集したり、その
卑劣な狭小ぶりは際立つ。
だが東條はある意味、日本人を象徴するような人間で、また
どこまでも時代の子である。保阪正康さんは数年もの歳月をか
けて、多くの関係者の取材を行い、思い口を開かせた。「東條
メモ」の一部など歴史的重要な資料も発掘、ここの云うならば
原寸大の東條英機が述べられている。まさに近代史を論じたも
のとしても屈指の力作である。今後の基本文献となり続けるも
のだ。初版は現代なジャーナリズム出版から上下二巻出でた。
大部なのだ。
上巻では、長州閥からは異端視され、不遇に終わった父の
東條英教中将、の期待を一身に受け、陸軍内の抗争をサバイバ
ルし、ついに総理、陸相として日米開戦を決定、だが責任の重
さに耐えかね、開戦前夜一人号泣する東條の姿にヒトラーなど
の天才的独裁者!のかけらもないのは明らかだ。東條英機は要
は独裁者などではない、内相、軍需大臣、遂に参謀総長まで兼
務「東條幕府」といわれながら、それは要は偶然でしかなかっ
た。
保坂さんの真の狙いはどこか?ずばり、東條英機と昭和天皇
との関係である。東條と昭和天皇のか関わりを中心に据えて時
代を見抜く幼年学校時代から天皇への忠誠を支えとして生き、
最高指導者となっても、どこまでも天皇の光を受ける月のよう
な存在といい続けた東條にはいかなる意味でも才能のカケラも
ない。つまり、ここが本質だ。
東條英機と昭和天皇を切り離して論じることは出来ない。
日米開戦を前にして「昭和天皇と木戸は東條という駒を使っ
て危険な賭けに出た」との結論は昭和史の本質を暴くものだ。
明治以降の、明治政府によって樹立された近代天皇制は
天皇を究極の政治的存在とした、その結果、日米開戦といっ
て誤りはない。下巻では天皇主義者の東條が東京国際軍事裁
判で昭和天皇の戦争責任を徹底して否定しようとしたこと、
その結果、東條は絞首刑で遺骨は太平洋に廃棄されたが、昭和
天皇は堂々と天寿を全うした。この意味を考えず、明治以降の
日本近代史はあり得ないだろう。歴史家の殆どが奥歯に挟まる、
その本質、そのヒントが綴られている。
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