開高健『夏の闇』1972,作者40歳の苦い記念、第二の処女作か、日常だけを描く大長編

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 長編小説だ、実際、開高健さん、40歳の苦い記念という心
境の作である。第二の処女作のつもりで書いたよもいう。『
裸の王様』で芥川賞を受賞し、すでに15年が経過、という時
期、・・・・。長編とは云うが別に筋立てはない、構成もな
さそうだ。40歳になった男が10年ぶりに昔の恋人に再会、で
食って寝る、食って寝るの冴えないダルな日常生活、その描写
がメインである。ただし、変わっているのは、さすがという
のか、その舞台がすべて外国だということだ。通常の日本人に
は手が届かない。そこでのダルな日常生活、開高さんが陥った
精神の懈怠、というべきか。妻子、友人知人に囲まれた日本か
ら、まずは離れてである。

 主人公は、と言って作者自身だがこの10年間に13回も海外に
わたり、とうのか、つまり旅行に明け暮れていた。ラスト近く
で小説家という職業は分かる、でも主人公がなぜどういう考え
で、外国の安ホテルでゴロゴロしているのか、読んでも分から
ない。居場所はどうやらパリのようで、ローマなのか、いずれ
にしても市井の民ではない。

 でも長期滞在は安ホテル、というより学生相手の安宿泊所の
ような場所に、昔の「恋人」がやってくる。10年ぶりだそうだ。
恋人といって並の恋人ではない。四ヵ国語がペラペラ、だがそ
のときの滞在国の言葉は喋れないようだ。ならフランスではな
さそうだが。

 ただ主人公は、とにかく日本を離れたかったようだ。日常を
描くが、日本の湿った風土から離れての日常で、葛西善蔵めいて
はいない。食って寝て、性!という幸せな非日本的な私小説だろ
うか。モチーフが軽い。

 主人公と一週間ほどいて、一緒だから男女の交わりはあった、
のだろうが、今度は女の住んでいる町に戻る。そこはドイツ語圏
の町らしい。女は奨学金をもらいながら博士論文に没頭。という
そんじょそこらの女ではない女を相手に、食って寝て、という、
まあ生活の基本の描写、それがしかも長い。

 山の湖で女と釣りの場面がいわばクライマックスとうべきか、そ
うしてベトナム行きを決意という。テト攻勢を実際に見るため。
1968年の夏の開高健さんである。そこで開高健さんはすごいルポル
タージュをものにして不朽の名声を得たのだ。

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