文学の鬼!高木彬光における青森の狂気の系譜
高木彬光さんの作品は本当に素晴らしいと感じる。青森市
のご出身、一高理科を卒業して東京帝大理学部不合格という
経歴は珍しい、ただ非嫡子で一高入学時に家業が破綻、一家
は夜逃げ離散、したがって故郷の青森には暗い思い出しかな
く青森に愛着は示さなかった、こういうケースは多い、私も
無名人ながら。・・・・・だが嫌った故郷に実は文学の原点
がある、のもまた真実ではないのか。
その狂気の養素は下北半島にある「恐山」である。死んだ
人をあの世から呼び出す、・・・・・・本当か?1973年だっ
か、立教大文学部教授が女子大学院生を殺害した、石廊崎か
ら飛び降り、一家心中、女子大学院生の父親が恐山で巫女の
の呼び出すその教授の例と対決した、その頃、週刊誌には
「教授は殺害した大学院生を行けに沈めた」という記事が出
ていた。巫女は「遺体は池に沈めた」だが遺体は別荘の周囲
に埋められていた、私は「巫女は週刊誌を読んでいたのか?」
と思ったものだ。・・・・・以上は余談だが、この恐山に見ら
れるシャーマニズム、原始宗教、ドロドロとした幽明境を紛
らす、狂気のようなものだ、高木彬光の潜む恐山である。推理
小説でも潜むものは狂気だ。葛西善蔵、太宰治の系譜ではない
のか。
葛西と太宰は酒と女を媒介とし、暗い絶望の淵を彷徨った。
高木彬光さんは「占い」を武器として葛西善蔵、太宰治と逆に
生に果敢に挑む。虚と実の違いはあろうと、根底は共通だ。暗
い生い立ち、京大工学部冶金学に発する冶金の素養、
狂気というべきか、鬼というべきか、宇野浩二は「文学の
鬼」と言われていた。鬼だと云われた人間が本当に鬼だった
ケースは多くはないだろう。鬼は容易に作家に取り憑いては
kれないのだ。20代で取り憑いたようで、30代ではスッカラ
カンの亡骸になった作家は多い。だが「鬼」は高木彬光さん
に取り憑いていたと思う。個々の作品の内容、出来栄えは
言い出せば際限もないが、この狂気、鬼は確かに高木彬光さん
には取り憑いていたと思う。
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