『魯迅作品集』竹内好訳(筑摩書房)、中国の哀しみをヒューマニズムとリアリズムで描き切る
中国近代文学となると魯迅をおいて外にいない、と思って
しまうのh魯迅以外の作家を日本人があまり知らない、こと
もあるが魯迅はあまりに傑出した存在であることは確かだろ
う。魯迅の翻訳は戦後は筑摩書房が中心となって作品集、文
集などを積極的に刊行、岩波が続いた。戦前は改造社が「魯
迅全集」を刊行していた。
「魯迅作品集」竹内好訳、は筑摩書房刊行である。訳者の
竹内好によれば、魯迅の全集でも作品と名がつけられるもの
は、量的には非常に少ないという。「吶喊」と「彷徨」とい
う二冊の短編集、神話や古代史に取材した小説としてはやや
異例な「故事新編」、散文詩週の「野草」、自伝的回想記の
連作「朝花夕拾」である。
竹内好はこれらから「野草」からは全部、「吶喊」、「彷徨」
からは「孔乙己」、「故郷」、「阿Q正伝」、「家鴨の喜劇」
、「祝福」、「孤独者」、「朝花友捨」からが「藤野先生」、
「范愛農」、「故事新編」からは「出関」「非攻」の二篇。を
選んでいる。
選択の基準は「野草」は魯迅文学の精髄だから全部、「吶喊」
、「彷徨」からは完成度が高く、分かりやすい作品、それでい
て何らかの問題意識をもつもの、「朝花夕捨」からはいわゆる、
三・一八事件を中心とする弾圧的な空気の中で転々と居所を移
した当時の魯迅の不安定な心境において、魯迅を内面から支え
る象徴的人物の「藤野先生」や旧友の「范愛農」についての、
追憶的文章の作品、また歴史小説集とも云うべき「故事新編」か
らは先秦諸氏の中でも魯迅が最も重視した墨子を主人公とした
「非攻」、逆にあまり重視していなかっら老子を扱った「出関」
を並べて、対比させている。
個々の作品について云うなら「野草」に収められた23篇の散文
詩に
「過ぎ去った生命は既に、死滅した。私はこの死滅を喜ぶ。そ
れによって、かってそれが生存したことを知るからだ。死滅した
生命は、すでに腐朽した。私はこの腐朽を喜ぶ。それによって、
今なおそれが空虚ではないことを知るからだ」
というように「空虚の中の暗夜に肉薄する」魯迅の希望と絶望
の入り混じった沈痛極まる作品である。
私がよく読んだ一人のインテリの悲惨な運命を描いた「孔乙己」
や、故郷に帰って幼友達の貧窮に落ちぶれた姿を悲しむ「故郷」、
虐げられたどん底の女を描いた「祝福」また「我と我が手で孤独
を作り出し、それをまた口の中に入れて噛みしめていた人間」で
ある不幸、不遇だった旧友の一生を描いた「孤独者」、まさに透
徹したリアリズム、ヒューマニズムの満ちた名作だと思うが、阿
Q正伝はいうまでもなく別格だろう。
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