ジーン・リース『広い藻の海、ージェイン・エア異聞』西インドと西インド生まれの「館の狂女」の名誉のために!

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 云わずとしれた『ジェイン・エア』は19世紀にシャーロット
・ブロンテによって書かれたイギリス文学の名作である。非常
に知名度の高い作品で妹のエミリー・ブロンテの『嵐が丘』と
その点で甲乙つけがたいだろう。ところでこの作品、ジーン・
リース Jean Rhys 作の『広い藻の海』 Wide Sargasso sea
1966年作、は、作者は1890~1979で76歳のときの発表だが、
趣旨は、「ジェイン・エア』に対する反駁である。「もっと別
の見方、考え方があるんじゃない」である。

 文学が産んだ文学というべきだが、決して趣向倒れに終わっ
てはおらず、知名度の超高い名作に権威、人気によりかかった
ものともなっていない。臆せず堂々と『ジェイン・エア』と渡
りあっているようだ。それ自身も魅力を秘めている。独立した
長編の現代小説である。

 では『ジェイン・エア』とは、である。これとて通読した人
の割合はさほど高くないと思う。孤児院で成長した牧師の娘の
話である。

 主人公である彼女が家庭教師として務めた先の主人である中
年の男、ロチェスタと恋愛関係になり、結婚しようとしたら、
実はその館には人知れず監禁されている狂人の妻がいて、結婚
式で重婚が暴かれる。ジェインはロチェスタの告白を聞き、化
けもののようなその妻の姿を見て、彼には同情しつつも館を去
っていく。その後、館は狂った妻によって火を放たれ、その狂
女は死んでロチェスタも逃げ遅れ、失明するが、ジェインは寂
しく暮らす彼に元にいってその伴侶となる、といういたってメ
ロドラマの内容である。

 実は『ジェイン・エア』の設定で、この監禁されていた狂った
妻、バーサ・アントワネット西インドの生まれ、ロチェスタとジャ
マイカで結婚した、ということだが、作者のジーン・リースも、
同じく西インドの生まれ、ということであり、刺激されたわけで
ある。ジーン・リースは『ジェイン・エア』は西インドとクレオ
ール〔西インドの移住の白人〕への大いなる侮辱と考えたのであ
る。その狂女に仕立て上げられた、バーサ・アントワネットの、
名誉回復のために10年近い歳月を費やしてこの『広い模の海』を
書き上げたのだ。
 『ジェイン・エア』ではしょせん端役でしかないバーサがこの
作品では女性主人公となっていて、幼少の頃から西インドでの彼
女の生活が描かれる。ロチェスタとの結婚の経緯が述べられ、西
インドで自然の海を見て育った少女がどうして発狂にいたったの
かが物語られていく。

 素晴らしい自然、幼い目に映る人種的、民族的、階級的問題が
実に的確に表現されてこの点は見事であり、『ジェイン・エア』
という19世紀のメロドラマの端役で損な役回りの女性の内面を
、現代小説の手法で鋭く描く、正直『ジェイン・エア』より数段
上の文学としか思えない。

 ロチェスタのエゴで俗物的な紳士気取りは厳しく批判され、そ
れによってイギリスという超エゴな国家への厳しい批判ともなっ
ているわけであり、植民地生まれの女性作家の気骨がこれだけ発
揮された文学も他に見出し難い。うらみつらみ、に陥ることもな
く、いかにも現代小説という印象だ。文学が生んだ文学だけに、
イギリス人の内面も進歩したというあかしにもなる。

  Jean Rhys  1890~1979
  
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 西インドの海域の流れ藻

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