野上弥生子『迷路』1936年から1956年まで21年間、日本文学では稀有な新現実主義の長編

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 日本の近代文学は多くの優れた女流作家を生み出したが、
誰が最も、となると難しいがその作品で判断する限り、最も
偉大な女流作家の候補として野上弥生子は入るであろう。そ
の代表作が最初1936年、昭和11年に始まって1956年、昭和31
年、足掛け21年のわたって書き続けた長編、『迷路』である
ことは云うを俟たない。結果として全六部の大河小説的な超
長編となった。それは単に長いから、ではなくその内容、文
学的な価値である。

 完成後、文芸評論家の荒正人と対談し、そこでこう述べて
いる。

 「大学を昭和七、八年という時代に出た人の一つの思想的な
目覚めというか、それに伴う苦悩というものは、それまでの若
い人達にはなかった苦悩だと思います。その苦悩を背負って世
に出て、今度は戦争に直面してどういう生き方をしなければな
らないのか、ということを考えないのはウソだと思いますよ」

 雑誌「世界」の1956年12月号である。

 始まりは1936年、昭和11年に「中央公論」に発表した『黒い
行列』、これを第一部とした。その後、戦争を挟んで足掛け、
21年にわたって書き続けられたたのである。

 『世界』1956年、10月号、戦後連載されたのは岩波の雑誌
「世界」であり、完結に際しての「あとがき」において感慨
を込めて二十年という言葉を使った。「その間に昭和13、14年
の外国旅行もあったり、また戦時中は書けなかったので二十年
という言葉は大げさだった、と後悔しています」とも綴ってい
る。

 第三部からは戦後、「世界」に掲載された。これが1949年、
昭和24年1月号からである。戦後は主に北軽井沢に居住して執
筆した。

 それにしても『迷路』の概要は、である。

 九州の造り酒屋の次男、菅野省三は東大で法制史を専攻した
が、「アカ」とされて留置場に入れられる。たらい回しの挙げ
句に、「お辞儀(転向)」して釈放されるが、大学からは退学処
分を受けてしまう。

 郷里の兄からの仕送りも途絶え、筆耕で僅かな収入を得てい
るうちに、同郷の政治家、垂水の口利きで旧藩主の阿藤子爵家
に勤めるようになる。同家の古文書を整理するという仕事であ
った。ときは昭和10年、1935年、日本が国際連盟を脱退した二
年後のことである。翌年、二・二六事件、「転向」の負い目の
ある省三には大きなショックだった。だだ大学の同級で、同じ
く転向し、今は新聞記者の木津が事件の渦中にあることを知る。

 そこで省三の兄が選挙違反で逮捕されるという事件が起こる。
その善後策で帰郷したとき、子爵婦人も別府に来ることになり、
省三は婦人に誘惑される。
 
 翌日、省三は子爵家に辞表を提出し、郷里の図書館に勤める
ようになる。そこでキリシタンの歴史の探求に生きがいを見出
す。そのかげには同郷の実業家、増井礼三の援助があった。

 やがて盧溝橋事件、日中の全面戦争、さらに対英米戦争開始
で太平洋戦争、第二次大戦に日本は突入する。垂水は大政翼賛
会も総務、大臣となって増井は軍需産業の資本家として大を成
す。
 
 省三の幼友達で、兄妹同様に育った、垂水の娘、多津枝は他
家に嫁ぎ、省三は増井の姪で、スコットランド人を母に持つ、
万里子と結婚する。

 万里子との間にできた娘の顔を見ないで省三に召集令状が来
る。徴兵忌避で自分の会社に就職するようにとの増井の説得も
振り切ったのは省三のせめてもの抵抗だった。

 中支の戦線に送られた省三はこれといって大きな戦闘には参
加しなかったが、馬の飼料徴発に出かけたとき、中国人ゲリラ
の襲撃に会い、散弾が自分の鉄棒に当たったのに激高し、敵の
ゲリラを狙撃、射殺する。

 万里子からは「戦争が早く終わるように」という幸運に検閲
を免れた長い手紙が来る。野坂参三によって結成された延安の
日本解放同盟がメガホンで脱走を勧めに来る。張という名で日
本の特務機関で働いている木津に呼び出される。木津は実は延
安の解放同盟に属していた。木津は「延安に行け」という。

 木津の再度の転向は、旧友の中国人、黄安生からの言葉だっ
た。

 省三は自分の哨兵勤務中に捕虜を伴って脱走を決行する、時は
B29の本土空襲が始まった昭和19年末であった。

 ・・・・・・と概略、さらに第六部は結末部だが、江島宗通と
いう重要な登場人物、伯爵を弟に譲り、好きな能と歴史書に身を
任せているような人間だ。省三、万里子らの戦争批判と異なり、
薩長の成り上がり貴族を白眼視する大名貴族である。最後は、『
方船のひと』として宗通が能楽界の至宝、万三郎を疎開させる所
で終わる。戦後編はないわけである。

 野上弥生子も想定外の長編化であったようで、「作中の人物が
勝手な生活をしてしまって、作者の方が必死で追いかける羽目に
なりました」との述懐である。昭和初期『真知子』、「若い息子」
という新たな思想に目覚める若いものをテーマにした作品を書い
て、『迷路』で民族主義と国際主義の相克、省三の脱走は悩んだ
そうで「国家権力と個人の倫理性が融合することが、これからの
世界の生きかたではないでしょうか」とも、

 だが最晩年の作というのか、『秀吉と利休』にみられる、あま
りの周到緻密な描写、心理分析は『迷路』も同じで暗い時代の変
動を新現実主義というべきか、スケールの大きさと驚くべきち密
さで描き切る才筆は日本近代文学での最高峰の女流作家というべ
きだろう。作品にはモデルが指摘されtいる、省三の脱走などにつ
いては疎開先の軽井沢での画家、飯田善国の貴重な手記によった
ものであるという。

 野上弥生子は「左にも右にも目を向けなければならず、占領
政策という大きなものにもぶち当たらないといけない。省三は
いよいよ、人間的な迷路に入る。しかし、一生涯、疑って迷い
抜くのが人間でしょう」と完成後、述べている。

 しかし「上流階層、ブルジョワばかりの世界で民衆がまるで
描けていない、特権階級の省三に本当の庶民の苦しみなど分か
るはずがない」という若い世代からの批判も多かった。それが
優れた長編にしてはよまれにくい原因かもしれない。

 ともあれ日本近代文学では珍しい、人間の内的問題を社会情勢
において描き出した本格的な社会的長編小説である。

この記事へのコメント

ヒース首藤
2025年06月25日 10:19
10年程前に一度読んで、今回読み直しています。時代によって評価が分かれるのはわかるような気がします。作者は文学者としての視座に徹し、特に省三が揺れ動くのはある意味リアリティと現代にも通じるものを感じます。あの時代にこれを書ける力はやはりすごいですね。もっと評価されるべき作品ですね。ちなみに私はこれをもとに絵コンテを作ろうかと考えています。なぶり描きでも却って面白い。余計なものが無くなった方がわかりやすいし楽しめるような気がしたので・・・