日本人は墓石を思い切って低くすべき!耐震性、移動性、謙虚な精神の発露のため。理想は樹木葬か

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 このたびの能登半島大地震でも墓石の倒壊の被害が莫大だ
ったという。世界屈指の地震大国、日本である。激震のたび
に墓石の倒壊がお決まりのように発生している。その修復、
再整備となると個人で対応すべきだから、全て修復、整備は
容易ではない。そもそも墓を継ぐ、単に継ぐだけではなく、
寺院とのつきあい、お布施、また庫裡、屋根の修繕などの場
合の寄付を行い、長く続けるなど、もはや多くの場合、望む
べくもないケースは増えるばかりだ。

 現在の墓事情は江戸時代の寺請制度に起因している。居住
地の移動も限られ、長男などは家を守り、移動しなかった。
寺は幕府の支配機構の末端の重要な役割を担っていた。

 だが時代の状況はすべてが変わった。もはや家制度に基づく
墓を維持はどこから見ても現実から遊離している。明治以降は
庶民も家制度が厳重化され、家の隆盛は墓石の高さに直結、高
い墓石に〇〇家の墓と刻むことが慣習化、習俗化したのだが、
もはや全てが逆方向である。

 洋墓の、高さの低い洋墓の謙虚さ、また倒壊など滅多にない
安全性、さらに墓じまいの場合の墓石のコンパクトさによる
容易さは今後の日本の墓に求められるものである。

 明治以降、実はそれ以前からで怪談牡丹燈籠を見れば察し
もつくが、日本の墓石はタワー型である。そこの縦長に刻ま
れる家の名前、家紋、・・・・・代々の名前、・・・・だが
地震で倒壊、さらに、もはや超少子化、子供は故郷を遠く離
れる、元の実家も空き家となって取り壊されていく、そもそ
も後継者がいないのが、極当たり前なご時世である。墓は基
本、消え去ると云うと大げさなようだが、現実はそちらに向
かっている。もはや墓など無くていい、必要なのは生前墓、
である。

 近年は幸いなことに樹木葬が増え、墓石も低く、小さい、
謙虚で尊い精神を表している。

 タワー型墓石は多くが無縁仏化し、放置される。墓じまい、
とは云うが実はきれいごとである。散骨、墓じまい?だれが
合わせて数十万もかけて散骨墓じまいなど好んでするだろうか。
タワー型墓石は撤去に重機が必要だ。重機など基本、寺院に入
りにくいが、その困難を無理やり克服している。だが、これか
らの時代、そんな無駄な労力、経費が許されるだろうか。

 墓石を思い切ってコンパクトに低く、必要となる墓じまいの
労力も考えてである。代々、もはや墓の維持などしてくれはし
ない。親が死んでさほど年月を経過しなくても墓じまいは珍し
くもない。死ねば忘れられる、生きていてもさえ、忘れられて
いる人が多いというのに。まして墓である。これからの日本、
墓とはなくなるもの、という認識を明確に持つべきである。

 私は生前に樹木葬の小さな墓を作りたい、撤去の簡便さであ
る。無論地震にも無類に強い。日本では理想の墓の形態である。

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