松本清張『火の路』、飛鳥の石造物の謎の解明を絡めた推理小説、ゾロアスター教との関連を主張

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 これは歴史的な謎に絡めた社会推理賞小説である。奈良県
の飛鳥地方(明日香地方)には益田岩舟とか酒船石とか、そ
の意味が不明な謎の石造物が存在している。古代において設
置されたものだが、今もってその設置の理由は諸説はあるが
決定的なものっはない。

 松本清張の『火の路』はこの石造物の謎に取り組み、日本
と中近東を結ぶ歴史的課題を追求し、それを現代の問題も絡
ませている社会推理小説である。現代の明日香村からイラン
に飛んで双方の風土、環境を十分に織り込んでいていて、ま
た学会内部の対立、反目、憎しみ、学界から疎外され、実質
、挫折した人物の内面にも及んでいる。従来の社会推理小説
とはさらに新たなジャンルに踏み込んだ作品、社会推理の
アヴァンギャルドだった。

 酒船石の撮影を頼まれたカメラマンの坂根だが、その雑誌
の副編集長、、明日香村役場の観光主任に同行し、そこで30
歳前後の個性的、魅力ある女性見学者に出会った。それが女
性主人公の高須通子であった。通子はT大学(東大だろう』史
学科の助手であり、飛鳥の石造物の謎を探るため、ひとりで
明日香村の道を歩いているところだった。

 ところが、通子の宿泊の定宿の近くで幻覚者による殺傷事件
が起こり、通子は被害者の一人を助け、輸血まで行った縁で、
その幻覚者から思いもよらぬ学問上の示唆を受けた。

 シンナー幻覚者のこの男は、海津信六という保険外交員だが、
若いころは天才的な歴史学の新進研究者だった。だが20年ほど
前に女性問題で学問の世界から追放されたような形で、社会に
埋もれた生活を続けていた。通子はその話を聞くまで、海津の
ことは全く知らなかった。歴史学雑誌「史脈」に通子の論文が
掲載され、それを読んだ海津が彼女にイランにわたって調査す
るように言った。

 通子の論文の内容は飛鳥の石造物を「日本書紀」の「斉明紀」
に結び付け、斉明天皇の外的宗教への信仰と、それによって計
画された両槻宮の付属施設として築造された石造物が、両槻宮
の造営中止で廃棄された、という説であった。彼女は海津の考
えも取り入れて、斉明天皇が信仰した外部宗教とはペルシャの
ゾロアスター教、拝火教ではないか、と推測した。イランを
実地調査し、飛鳥の石造物との共通するものがないか、確認し
ようとした。実際に通子はイランを調査、自説にある程度の自
信を持て、「史脈」に「飛鳥文化のイラン要素」を寄稿、掲載
されるが教授らの反発を買い、助手のポストを失う。

 海津転落の理由、経過やなおまとわりつく暗い影、遺跡の盗掘
グループの跳梁、古美術品偽造などの問題も暴いていく。

 要は、つまり松本清張は飛鳥の石造物、謎の石造物は拝火教の
影響であるというのだ、それを通子によって主張させているわけ
だ。清張はイランの見学もしており、それを生かした形の、通子
のイラン史跡巡りは興味深い。
 

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