伊藤整『氾濫』1958,窮極の不愉快な愚作!エロで矮小な姑息に明け暮れる登場人物ばかり

この作品は結構、長編だ。高分子化学、という分野を、い
わば舞台にしている。これは想像だが、伊藤整が桶谷茂雄の
推薦で「一芸に秀でた」人物ということで東京工業大の英語
の講師その後、教授に就任したことが影響している気がする。
読後感、というか読んでいて、登場人物は全く矮小でつま
らぬエゴイストで、唾棄すべき処世術に汲々とし、相手の思
惑ばかり気にし、何の情熱の発露もなければ、感動もない。
そのくせ全てみな非常にエロであり、伊藤整が「チャタレイ
夫人の恋人」翻訳は伊達でなかったと思わせる隠微な助兵衛
ばかりである。作品全体がこのような登場人物に彩られるか
ら、もう読後感は本当に冴えない、不愉快な愚作ということ
だ。
真田佐平は戦前は小企業の技師でしかなかったが。戦後、
彼が創案した軽金属の接着剤が世界的名声を得て、その勤務
の企業に莫大な利益が転がり込み、彼自身も金の卵を生む技
師として社内で優遇され始めた。また高分子学会でも尊重さ
れ、母校の久象吉に匹敵する存在になった。
名誉も金もゲットした真田の周囲には多くの者が媚びへつ
らって集まってきた。戦時中に真田とがあった西山幸子も現
れて、十年以上ぶりに真田と会い、艷福にも恵まれることに
なった。
だが収入が増えて生活は派手となって、家庭は乱れ、妻の
文子は娘にピアノを教えている教師と不倫、娘は娘で種村恭
助という和製のジュリアン・ソレルのような私立大学講師の
野心家といい仲となる。
とまあ、内容は俗悪小説だ、高分子を舞台としても高尚に
はなっていない。伊藤整のエロ好きが縦横無尽に横溢してい
る。地味に名声とも金とも縁がなく生きた人間に、それらが
襲いかかるとどうなるか、よく精密に分析してはいる。この
小心で貧乏性な男が「おれの地位や金と名誉が、おれの真心
や感動を台無しにする」と一応は反省するのだが。それをま
た伊藤整がまことしやかに分析叙述している。
だが主人公、もうひとりの主人公の久我を力を込めて伊藤
整は表現する。「俺は性能力を持ちながら性に飽きてしまっ
た。俺はただ性を通じて所を支配するだけだ」、とアホらし
いの一語に尽きるようなことを言う大学教授の地獄の夫婦生
活。・・・・・・伊藤整はやはり、チャタレイを翻訳するく
らいだから、なのか、翻訳してその影響で好色的になったの
か、最後の小説『変容』も好きもの過ぎた。
とまあ作中人物は全て色情魔であるのが特色である。行動
の主要な動機は全て性に基づく、ように力点をおいて描かれ
るが、どうにもこうにも作品全体を偽チャタレイにしている
のは否めない。心理解剖は精密だと思う、また執拗だ、その
実態を暴く表現力も手腕もそれなりだが、これで文学の価値
が本当にあるの?と思ってしまう。読む必要はない愚作であ
る。性欲の愚昧の「氾濫」に終わっている。
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