星新一『祖父・小金井良精の記』1974、日本医学の礎石を築いた祖父を語る

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 星新一さんはショートショートで知られる作家だ。家業は
星製薬、大学を出て早々に親から受け継いだ星製薬のトラブ
ルですっかり鬱になって、その気晴らしとショート・ショー
ト、大変にご苦労されたようだ。ともかく星製薬の家系だか
ら、医学系ということだ。星さんは農学部卒である。その星
真一さんが祖父を買った書である。ロングセラーを続けてい
る。

 祖父の名は小金井良精、日本の解剖学、人類学の基礎を築
いた医学者である。その二度目の妻は森鴎外の妹で、歌人、
小説家としても知られていた小金井喜美子、この小金井夫妻
の孫が星新一である。

 星新一はこの祖父母と幼い頃から一緒に暮らし、家族では
祖父に特になついていたという。この評伝を執筆するにあた
っては、東大医学部を訪ねた折に、良精の遺品として保存さ
れていたものに手作りのペン皿があった。それは星新一が小
学生の時、工作で造ったもので祖父に贈ったものを、そのま
ま愛用していたことがわかった。この本には随所に著者の星
新一と良精との心温る交流が描かれている。

 では小金井良精とはいかなる人物かと云えば、戊辰戦争で
朝敵とされた長岡藩士の家に生まれ、少年の時、戦火を避け
るため仙台まで逃げたことがあるという。明治三年、1870年
に上京し、大学南校に入学、英語を学んだが、その後、医学
の道を選んだ。東大医学部卒業後、ドイツ留学、解剖学や生
理学を学び、帰国後、母校の教授となった。大正11年、1922
年に52歳で退官、その後も骨学などの研究を続け、原日本人
の探求を行ったという。

 つまり著者の星新一が祖父への敬慕を込めて書いた評伝で
あり、良精の残した日記をベースとしている。ショート・
ショートの星さんだけに100章余りに小分けした、いたって
短章で綴ったトータル、長編評伝である。小金井寮生の先祖
の話に始まり、佐久間象山や小林虎三郎などの幕末の先覚者
の事績にもふれ、学業時代の出来事、大学内部や医学界のこ
と、それらを元の資料で述べてその時代の群像を描いている。

 星さんは最初は残された日記などをもとにしても、ある程
度はフィクションも交えて小説化しようと考えていたみたい
だが、日記も発見され、空白の部分もほぼ埋められてしまった
た以上は、小説化は無理と見て、原資料にそのままを語らせる
手法に徹したようだ。小説家としての創意は発揮できずとも、
短章を積み重ねるというコンセプトはショート・ショートの星
さんらしいところである。

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