樋口清之『梅干しと日本刀』これを実際に書いたゴーストライターに敬服する

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 有名人、著名人が名前を貸し、専門のライターが執筆する、
翻訳だってそうだ、著名作家がときに翻訳者として外国文学
が刊行されるが、基本は下請けに出している。全く関与せず
名前を貸したのは井伏鱒二の例の「ドリトル先生」シリーズ、
吉行淳之介も人気作家だけに「先生の名前をお借りしたい」と
いう翻訳の依頼もあって、吉行さんも「訳してもらい、私は
大雑把にチェックしただけです」と述べている。代筆、とい
うのかゴーストライターは悪いこととは思えない。有名人の
名前で売れる本となるが、ほんの執筆、翻訳は容易なことで
はない、専門のライターに任せるのは正解だろうが、一種の
詐称だから全面的な正義ともいえない。超有名作家の代作は
古来多い、大デュマの「モンテ・クリスト伯」、「三銃士」は
知られているし、川端康成は代作が、また編集が大幅に手を入
れることが多い作家だった、徳田秋声は若手に勉強の機会を
与えるという意味での代作は結構あるが、共著としたものも
ある。丹羽文雄は若手執筆の書き直しが多かった。ノーベル
賞のショーロホフの『静かなるドン』も相当部分、代作だが
この事実は余り知られていない。川端同様、ノーベル賞作家
は代作も多いということだ。何だってそうだが藤原弘達の、
あの話題を巻いた『創価学会を斬る』も完璧に代作である。
スポーツ芸能は全てゴーストライターと思いがちだが例外
もあり、古いがあの青バットの大下弘『大下弘日記、球道
徒然草』は毛筆でしたためた完全自著である。

 別に著名人の名前を著者として冠した本だけでなく、無名
人の著者の場合も多くはゴーストライターに執筆は依頼する。
ビジネ書の90%はゴーストライター、という本もあるが、も
っと多い気がする。売られている本の本当の著者はわからな
いのだ。

 さて樋口清之『梅干しと日本刀』ベストセラーになったが、
無論、ゴーストライターに依頼された本である。樋口清之は
執筆者ではない。だがゴーストライターでもここまで書ける
のである。売れるコツを掴んでいるわけである。執筆はY・U
というイニシャルのライターである。執筆協力者は早稲田の
人脈だったという。ゴーストの手はずを整えて、ライター
の書いた内容を、文章を手直しするのが編集の仕事だ。もち
論本人執筆でも内容の加筆訂正、修正は編集部の重要な仕事
である。

 内容は国学院の国文系の教授には到底、書けないような気
の利いたた内容だ。

 日本人は猿真似がうまいという。片っ端から外国文化を取
り込んでしまう。だが自ら独創はなし得ない。これが定説で
あるというが、実は我々の祖先は素晴らしい独創をなしてい
る、という。それを様々な実例を持って述べている。

 日本人は古くから結構、高度な科学知識を駆使し、農業を
行ってきた。玉川上水はわずか高低差10mで43㎞を同じ流速
水が流れる。精巧な測量技術の精華であるという。

 玉川上水は江戸時代だが登呂の遺跡を調べても、2㎞の距離
を高低差7mで水を流して百町歩の水田の灌漑を行った。これ
も測量技術の成果だという。

 日本人の科学技術は水田の耕作ととも発達し、数学や幾何学
の高度な知識を持っていたという。ただそれを化学とは呼ばな
かっただけという。坂上田村麻呂が東北征伐に出かけ、胆沢城
を築いたが、この城には農事試験場があったという。

 三十三間堂は、地面を粘土、砂利など弾力ある土壌で固めて
いる。そのため地震の波動が吸収されて被害が及ばない。

 日本の食物は発酵という現象を巧みに利用し、多くの調味料
や漬物を生み出している。日本の気候風土にあった独自の創造
であるという。

 また様々な日本独自の知恵が列挙されている。封建時代、
三行半で簡単に離婚できたみたいに言われるがじつは違う、と
いう。

 タイトルを見ると梅干しと日本刀を延々と書いているみたい
だが全く違う。

 国学院教授の才覚でまず書ける本ではない。まあ、適切な
名義上の著者の選択ということだったわけだ。

この記事へのコメント

ななしの元自おっさん
2024年02月20日 06:49
ブログ読ませていただきました。
銃乱射事件の犯人がひどい人物であることは認めます
ですが、実家の写真載せるとか、犯人の兄弟の出身大学とかブログで書く必要はございますか?