アガサ・クリスティ『カーテン』1975,名探偵ポアロ、最後の事件

実は発表は1975年だが戦時下、1943年に書き上げられてい
るポワロシリーズで第22作目である。発表の数カ月後、アガ
サ・クリスティはこの世を去った。どこまでもポアロ最終作
書かれた作品である。
1920年に刊行された「スタイルズ荘の怪事件」はクリスティ
にとって最初の出版であり、その4年前のポワロ最初の事件を
扱っていた。『カーテン』の舞台はそれと同じくエッセクス州
スタイルズ村のスタイルズ荘なのである。ポワロはこの下宿屋
に住み、そしてワトソン役のヘイスティングズを呼び寄せるの
である。
スタイルズ・セント・メアリ駅はやはり野原の中にポツンと
立っている駅である。だが村そのものは昔の面影を留めないほ
ど変わってしまった。スタイルズ荘の広い庭は同じ、建物は古
びてしまった。
そしてポアロはすっかりやせ衰え、関節炎もあって、どこへ
行くにも車椅子の厄介にならねばならなくなった。彼はヘイス
ティングに云う「私は死んだも同然だ、残酷だ、幸い、食事は
まだ自分で作れるが、それ以外は赤ん坊同然だよ」
だが身体は衰えても頭の方はまだ明晰だとポアロは威張る。
そして自分がここに来ているのは、殺人犯を探し出すため、ヘイ
スティングズを呼んだのはその仕事の手伝いのためだという。
ポアロは五つの殺人事件の要約を読ませる。その五つの事件
は起こった場所も、関係者の社会的階級も異なる。しかも、動機、
性格も共通性がない。だが共通していることが二つあった。
まず第一はどの事件も疑問の余地がない容疑者は一人だけであ
り、他にさしたる容疑者はいない。第二は一人の人物、Xが全て
の事件に結びつき、しかも表向きXには被害者を殺す動機がない
のである。五つの事件全てに共通となるとただごとではない。そ
のXが今現在、このスタイルズ荘にいるのである。そこから論理的
に帰結できるのは、近いうち、ここで殺人事件が起こるということ
だ、とポアロは重々しく述べるのだ。
その通り、スタイルズ荘で連続殺人が起きる。その叙述、アガサ
・クリスティの叙述は非常冴えている。謎にユーモアを絡ませ、風
俗に推理、論理と人情、イギリス探偵小説の伝統というのかどうか、
さらけだすほど、これぞ名探偵ポアロの最後の事件にふさわしい。
シャーロック・ホームズの最後あたりの事件より数段上に思える。
ヘイスティングズの描き方もワトソン君より上だろう。
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