人生は苦しみばかりだが、それでも人生は短すぎる

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 どうころんでも人生は苦しみばかり、もちろん個人差は
非常に、というより極端に大きいと云える。不遇な、最悪な
環境、家庭に生まれ育つのと理解ある好ましい両親のもとで、
恵まれた家庭に育つでは無論、天地の差である。さらに、ど
うしようもないのは生まれる時代だ、限りない要素に支配さ
れざるを得ない。真実は、人間、生きとし生けるもの、生き
ることは苦しみ、苦渋、災難、試練、病気、など悩み、苦悩
に通じるものが凝集しているのが人生と思えば間違いない。

 そのため人生なんて、さっさと終わればいい、というのも
仕方ない話かもしれない。電車への飛び込みは非常に迷惑、
以上の迷惑行為だが、たいてい通勤通学の朝の時間帯である。
学校、職場がつらい、もう死にたい、その結果が飛び込み自
殺なのだ。実際、その人の身になってみないと、その苦しみ
は分かるものではない。生きるのはつらい、・・・・・だが、
、人生は短い、本当に短いのである。これもちょっと生きて
みないと実感しないと思うが、二十歳までは人生は異様に長
く感じる。逆に言うなら、二十歳までの人生こそ、圧倒的に
重要であり、換言すれば、家庭環境、親の資質が子どもの幸
福にいいかに重要か、ということだ。実は二十歳までの苦し
みこそ、最も人生への影響が大きいのである。

 二十歳を過ぎたら、残りの人生はじつは早い、一気呵成
に過ぎる。100年を永い、100歳を超長寿と思いがちだが、実
は瞬間に近い、といって過言ではない。100歳で亡くなった
祖母も「本当に人生なんて一瞬だった」と慨嘆したものだ。
凡人はその短い人生で何も出来ず、苦しみから逃れられない。
と云って苦しみなくして人生なし、人生とは苦しみといかに、
つき合うかに尽きるだろう。なすべきことは多い、がさっぱ
り出来ないのが常である。どこまでも自分探しの旅と知れば、
人生はあまりに短すぎる。苦しみに満ちて、また実は短すぎ
るのが人生というもの、

 人生はやはり短すぎる、苦しみはどうにでもなる、と思う
べきである。人生の短さは誰にも平等である。何を持ってし
てもどうしようもない。天分は極度の差があろうと、人生の
長さは基本、変わらない。人生の本質は苦しみより、その短
さというべきである。

 だからこそ、一日一生の気概で生きていくしかない。この
一日を大切に、である。凡庸すぎる感慨にしても。

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