人生でやり残したこと?さらに空虚に生きることを追求したい

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 人生でやり残したこと、よ考えたら、要するに何もなし得
ていないので、具体的に取り上げたところで際限がない。旅
行だって本当にろくにやっていない。親族のある歯科医、も
う甲東園の歯科医院は畳んでいるが、世界遺産を夫婦で旅行
して回る、ということを長年、続けていた。私は持病もあっ
て、そもそもパスポートを取得してこともない。海外に行っ
てみたい、という気持ち全く湧いてこなかった。一つのルー
ツの美星町は生まれ育った町に北に接するのだが、それとて
足を踏み入れたのは還暦を過ぎてからだった。それくらい、
どこにも行っていいない。両親が窮極の無粋で完全に精神性
が欠落していたので、子供時代から悪環境や虐待行為はふん
だんに与えたが、掛け値なしに何一つ、いい思い出など作っ
てくれなかった。そのせいか、私はわがこにはいい思い出を
作ってほしい、と幼い頃からいといろなスポットに連れて行
ったものだ。

 無為無能、浅学非才の身なれば、これからの人生で何か、多
少なりとも創造的な結果を残したい、と思ってみても到底、か
なうはずもない。私小説なら下手は下手でも、書くことは可能
だが、私の私小説など何の価値もない、くだらな過ぎて書こう
などとも思えない。語学は若い頃から私の実はメインのテーマ
だったが、正直、張り合いがない。語学は難しい、現代語なら
なんとかなるが、「古代ギリシャ語」となるとどうだろうか。
一応本は揃っている、が・・・・・中村光夫さんが昔、呉茂一
博士に古代ギリシャ語を習ったが、「さっぱりだめ」だったと
いう。そりゃ、そうだろう。だが古代ギリシャ語といって、古
代ギリシャなら子供でも話していたわけだから、あの気を失う
ほどの語形変化をどうやって覚えられたのやら。別に古代ギリ
シャ語には限らないが、難しいのは古代ギリシャ語だろう。と
もかく語学は大学でかじって多少は修得?出来たフランス語、
くらいで何とも竜頭蛇尾に終わってしまった。サンスクリット
語の学習も、しょせん張り合いもないことで、初歩を学ぶのも
山頂登山並であった。

 でも、あらためてでもいいから、行きたい場所、のんびり散
策するだけでいい、というとたやすい、イメージだが、せこい
が出費との兼ね合いである。ただ健康を気遣う私としては、こ
れも制約がある。本音は、結局、強いていきたいというスポッ
トがほとんどない、ということである。どこまでも家族などと
の旅行に限って楽しい、ということだ。

 人生が無内容に過ぎたのは数多くの不運、災難もあるが、私
の要するに才能の乏しさ、以上の無能さに起因している。恵ま
れた家庭、親のもとにかりに育ったとしても、私が私である以
上は無内容な人生に終わるしかない、酷薄な運命である。「も
し~でなければすばらしい超天才的才能を発揮して」というの
は全くの甘い幻想でしかない。

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